第百十六話
月曜から金曜投稿を火曜日、木曜日の投稿に変更します。
これからもルイーナ達の紡ぐ物語を楽しんで頂ければ幸いです。
「『お前の進む道は決して楽な道のりではない。
時に立ち止まり周りを見てみなさい』かぁ……。
俺には立ち止まってる暇なんて無いよ、フィン」
久し振りの森林浴や天然のアニマルセラピーを心ゆくまで十分に堪能し、フィンや他の動物達と別れたルイーナは、ゴロリとベットに寝転がった。
「人とは違う視界ねぇ……」
左目を手で覆い隠し意識すれば、モノクロの世界の中で優雅に揺蕩う赤と白が映る。
赤はアルバの魔力、白はルーチェの魔力だろう。
寝る前にここで三人で話していたから、二人の魔力がこの部屋に残っているのだ。
太く鮮やかな色彩を纏って光り輝くその魔力の帯に手を伸ばせば、まるでその魔力自体に意思があるかのようにクルクルと腕に巻き付いてきた。
ただの魔力だとしても、アルバとルーチェが側にいるようで胸の辺りがポカポカと暖かくなったように感じる。
「そろそろメインストーリーが始まるな……」
伸ばしていた手から力が抜け、ポフリと軽い音を立ててベットへと落ちた。
腕に巻き付いていた二人の魔力は、キラキラと鱗粉のように散って空気に溶け込むようにして消えてしまった。
それを見届けた後、左目だけでなく右目も自身の腕で覆い隠せば、途端に視界は暗闇の中に閉ざされた。
ルイーナがルイーナとなる前、白影東という何処にでもいるような男だった頃の記憶は最早曖昧なものになってしまっていた。
はじめは近所に住んでいた犬の名前や同期の警察官の名前。
そして最近では両親や弟妹の名前と顔が朧気なものとなってしまった。
段々と記憶に穴が空いていった時から覚悟はしていた。
何時かこうなる日が来るだろうとも思っていた。
人間は記憶を多くは持てない。
ただでさえ膨大な時間を、全て完璧に記憶しておく事など人間の脳では不可能だ。
それにもう、白影東という人間はいないのだから。
もう過去の事でしか無いのだ。
薄情だと思われるかもしれない、言われるかも批難されるかもしれない。
だが世界も何もかもが違うこの場所で、こことは別の世界の事を嘆いていても取り戻す事など出来はしないのだから、諦めるしか無いだろう?
なら、今の己に出来る事は覚えているこの記憶が全て消えてしまう前に最悪を回避し、今世の家族や友人といった大切で愛しい人達を護ることだ。
…………前は泣かせてしまったし怖い目に合わせてしまったから、今度は慎重に行かないとな。
「とりあえずは様子見かな」
朧気な記憶の中では、ルーチェに対して攻略対象のキャラ達が「おもしれー女」よろしく絡んできたんだったか。
逆にルーチェ自身がエンカウント後に放っておけずに………といった感じだったはずだ。
そしてルーチェに興味を持ったキャラ達が、双子の弟であるアルバにも興味を持ち彼を悪だと宣うのだったか。
別にルーチェがその攻略対象者達の内の誰かを愛し、共にありたいと願うのなら応援するさ。
だがそれでルーチェが傷付いたりアルバにも危害を及ぼすのであれば容赦はしない。
俺自身が望み、彼から託されたものを叶えるために。
「護るための盾になろう。降りかかり襲い来る災いを切り払う為の剣となろう」
もう一度、新たに誓いを胸に刻み込む。
そう何度も何度も言い聞かせる。
俺にはそれしかいないと、決して消さぬよう深い場所に刻みつける。
「今度はもう、間違わないように………」
そう呟いたルイーナの耳に、何かが羽ばたく音が聴こえてきた。
その音に目を覆っていた腕を外し、開け放たれた部屋の窓を眺めていればその音の主は月明かりと共に降り立った。
月曜から金曜投稿を火曜日、木曜日の投稿に変更します。
これからもルイーナ達の紡ぐ物語を楽しんで頂ければ幸いです。