第百十二話
訳も分からずあたふたするルイーナを自身の腕の中に閉じ込めた張本人であるジュラルドは、それきり何も話さなくなってしまった。
ルイーナが声を掛けても無反応。だが、その腕の力だけは決して緩むことはなかった。
「ジュラルド……?」
しかし不意に、ルイーナはジュラルドの名を呼び彼の腕の中で僅かに首を傾げた。
自身を抱き締めるジュラルドの体が、震えているように感じたからだ。
初めはただの気のせいだと思っていた。
だが、確かにジュラルドの体は小刻みに震えていたのだ。
寒さのせいではない。
何故なら今の時期は気温も暖かく、何より室内の温度は外よりも暖かいのだから。
ならば何かを恐れている?
それなら一体、何を恐れているというのか。
「あ………」
ジュラルドが恐れる……かは余り確信はない。
だがルイーナは、ジュラルドがこうなる前に自身が口に出した言葉を思い出していた。
「「自分の胸に手を当てて聴いてみてくださいよ」」
と声を揃え放たれた二人の言葉に、己は何と言った?何を、言おうとした?
『脈はある』と、確かにそう言おうとした。
というより殆ど言葉にしていた。
その言葉を声に出した時、彼らはどんな顔をしていた?
氷漬けとなった己を前に、彼らは何を思っただろうか。
例えば自分がその立場であったなら、何を思っただろうか。
氷漬けとなったのが己ではなく、ルーチェやアルバ、父様に母様。そしてジュラルドやロベルト、セルペンテや精鋭の彼や友人達だったら?
……………いやだ。
生きているのか、それともこのまま一生目覚めないかという不安がどれほど苦しいか己自身がよく知っている。
だって、前世の両親がそうだったから。
病室のベットで眠り続け、骨と皮だけになった手から何時その熱が奪われるか常に不安だった。
あの時の恐怖は、もう二度と思い出したくない。
だがそれを、自身は彼らにしてしまったのだ。
剰えそれを彷彿とさせる言葉を言ってしまった。
考え無しに言葉を放ってはいけない。
一度口から出た言葉は、もう二度と覆せない。
例え取り繕い、言い訳を並べたとしても吐き出された言葉は相手の内から一瞬で消える事など、ありはしないのだから。
「俺はちゃんと生きてるよ」
こんな、在り来りで気の利いた言葉一つ言えない自分が嫌になる。
ジュラルドの背に腕を回ししっかりとその体を抱き締め返したルイーナ。
自身の肩口に顔を埋めるジュラルドの頭を髪を梳くようにして撫でてしまったのは、アルバやルーチェの時の癖だろうか。
「……ロベルトも」
そしてジュラルドの頭を撫でていた手を離し、こちらを静かに眺めていたロベルトへと差し出す。
差し出された手に数秒目を泳がせたロベルトだったが、次いでしっかりとルイーナの手を取った。
繋がれたロベルトの手を引き寄せ、ジュラルドごとその体を抱き締める。
「信じて待っていてくれて、ありがとう」
両腕を自身の伸ばせる範囲まで伸ばし抱き締めるルイーナから放たれた言葉に、ジュラルドとロベルトは彼の自身よりも小さな体を抱き締め返すことで応えたのだった。