第百十一話
カルロッタとアンドレアのパン屋を後にしたルイーナ達は、屋敷へと戻り家族でゆったりとした時間を過ごした。
その後、部屋に戻ったルイーナは今日買った物の整理をしていた。
「楽しかったですか?」
「楽しかったですよ」
だが、部屋にはルイーナだけでなくもう二人姿があった。
整理の終えたルイーナがその二人、ジュラルドとロベルトと向かい合うように席に腰を下ろせば、ロベルトがルイーナのカップへと紅茶を注ぐ。
ありがとうと礼を伝え紅茶を含めば、爽やかな柑橘系の香りがフワリと広がった。
ゴクリと飲み込めば温かな甘さが喉を伝い体が内側からほんのりと暖かくなる。
ほう……、と息をつけば目の前の二人はその口を僅かに笑みの形へと変えた。
「どうかした?」
「美味しそうに飲むなぁって思っただけですよ〜」
「気に入って頂けましたか?」
「勿論!
だってコレは二人が俺のために選んで、俺のために淹れてくれたんだもの。
気に入らないわけが無いし、美味しくないわけがないでしょう?」
何を分かりきったことを言っているんだと、さも当然のようにそう言葉を放つルイーナ。
その声が、二人を見るその目が表情が余りにも自然だった。
取り繕う訳でもなく、ただただ純粋に放たれたその言葉に嘘偽り等全く感じられなかった。
だからこそ、その言葉が彼が心から思っていることだと言うのが良く分かった。分かってしまった。
「ルイーナ様って、狡いですよね………」
「なんて??」
「確かに、狡いお人ですよね」
「えぇ……何でぇ??」
「「自分の胸に手を当てて聴いてみてくださいよ」」
「脈はあ…………、ごめん」
いつかのアルバやルーチェのように揃って言われた言葉に、そのいつかと同じように言葉を返そうとしたルイーナだったが、その言葉を言い終える前に自身の目の前に座るジュラルドとロベルトの表情を見て、尻すぼみとなりルイーナは二人から目線を反らしテーブルの下、正確には自身の膝の上で握り締められた拳を見るようにして顔を俯けた。
ルイーナが見たジュラルドとロベルトの顔は、見ているこちらが泣いてしまいそうになるほどに悲しげな顔だった。
「本当にごめん。不謹慎な発言だった」
俯向けていた顔を更に深く下げ謝罪するルイーナ。
そんなルイーナをジュラルドとロベルトは何も言わずただ静かに見ていた。
彼らの脳裏には、氷漬けとなり二年間その冷たい氷の中で眠り続けたルイーナの姿が映し出されていた。
あの時の彼は、本当にただ眠っているだけのようだった。
だがその体に触れたくても、その体温を感じたくとも分厚い氷に阻まれ触れることもままならない。
『どうして助けてくれないの?』
『なんで救ってくれないの?』
と、夢の中で彼の声を何度も何度も繰り返し聞いては目覚めることを繰り返した。
もしかしたら、氷の中で彼は既に手遅れなんじゃないかと想像したのは一度や二度ではない。
「あの、お詫びと言っちゃなんだけど……何かして欲しい事とか物とかある、かな………?」
ほんの僅かに持ち上げられたルイーナの顔は、申し訳無さが全面に張り付いていた。
「……なら、一つだけ。
一つだけ願いを聞いてくださいますか?」
「一つと言わず俺が出来ることなら何でも言ってくれ」
「じゃあお言葉に甘えて。
ルイーナ様、席を立ってこっちに来てください」
「うん?」
ジュラルドとロベルトは互いに目を合わせてアイコンタクトをすると、ルイーナへとそう声を掛けた。
そして願いと言われ、何を要求されても全力で答えようと息巻いていたルイーナは、次いで放たれた言葉に首を傾げながらもその指示に従い席を立ち彼らに近寄った。
「失礼します」
「んっ?!!」
そして同じく立ち上がったジュラルドはルイーナの目の前まで移動し_____ルイーナをその腕の中に閉じ込めた。