第百十話
回復祝として出来立てのパンをご馳走になり、茶会を楽しんだ後ルイーナ達はお土産にと手渡されたパンや付け合せのジャム等を抱え首を傾げながら帰路についていた。
「何で皆して俺と目を合わせてくれなかったんだ?」
「兄様ですから」
「お兄様ですから」
「えっ………、もしかして失礼だったか?!」
どうしようと慌てるルイーナ。
先の言葉に嘘偽りなどない。ルイーナ自身がルイーナとなる前から思っていたことだった。
だが、同時にこの考えは傲慢であることも十分理解しているつもりだった。
だからこれはこちら側の傲慢なのだと話したのだが、相手の事を深く考えて言えてなかったんじゃないかと言う不安が込み上げてきた。
自分勝手な物言いで怒らせてしまったかもしれない。
自己中心的な発言に聴こえていたかもしれない。
お土産をくれたのも、もしかしたら早く帰らせるためで…………。
グルグルと様々な憶測が脳裏をよぎる。
力を込めたせいかガサリと土産の入った袋が音をたてる。
「兄様が思っているような事は決して無いので安心してください」
「お兄様、また見当違いな事を考えているんですか?」
「カルロッタさんの言葉を聞いていなかったわけではないでしょう?」
土産を持たされ店を出るとき、カルロッタはルイーナの名を呼び引き止めた。
『ルイーナ様……』
『はい、何でしょうか』
『貴方は、とても素敵な方ですね』
『へ……?』
『今まで、私は私を許されたことはありませんでした』
そこで、カルロッタは自身の過去を語った。
『私は女の普通が理解できなかったんです』
服を選ぶのは好きだ。だけどヒラヒラとした可愛らしいレースのついた服やスカートは自分には似合わないと身に着けたことはなかった。
化粧をするのは好きだ。醜い自分を少しでも隠せると思うから。
女の子なんだから、女の子らしくしなさいとスカートやワンピースを着せられそうになったとき、嫌だと泣いて両親を困らせたことだってある。
カッコいいヒーローや英雄に憧れて騎士の真似事をしたら怒られた。
それは男がやることだと。
女のやることではないと。
私は私という個人を求められていないんだと思った。
上手に生きなさい、と大人は言う。
大人の上手は難しい。だけど普通でないと上手に生きないと周りの目も環境も私を受け入れてはくれない。
だから好きでもない服を着て好きでもない事をやって、周りからの目に怯えながら生きてきた。
自分という個を押し殺して、生きてきた。
そんな時に出会ったのがアンドレアだった。
初めは男なのにウジウジと情けないと思うだけだった。
ドジは日常茶飯事だし彼が周囲から笑われているのも知っていた。
男なのに、と考えてしまう程に私は私を見失っていた。
『カッコいいなぁ、カルロッタさん』
だから、呟かれた言葉に耳を疑った。
今の私はカッコいいなんて言われる要素など全くもってありはしなかったから。
『何時もお客様の事も従業員の事も考えて、テキパキ動いてるし。
それにこんな僕を笑わずいてくれるから。
カルロッタさんは、優しくてカッコいいです!』
そう語るアンドレアの瞳は何処までも純粋で、心からそう思っていることが伝わってきた。
だからつい、話してしまったのだ。
今まで心の奥底で押し殺していた私の事を。
『笑いません、絶対に。
僕は今の貴女も話して聞かせてくれた貴女の事も好きです。
それに、貴女が貴女であることは変わりません』
そう話してくれた彼に救われた。
この人なら私を受け入れてくれる。
この人となら、私は私でいられる。
そう思えた。
だからその翌日から彼に猛アピールして、結婚までこぎつけた。
でも幼い頃についた傷は、私が思っているより深かった。
アンドレアと結婚し幸せな毎日を過ごしていたから、忘れていただけかもしれない。
今まで普通だった筈の反応を見て、あぁやっぱり変わらないのかと思っていた。
『ルイーナ様が仰った事を考えたことは一度もありませんでした。
私こそ男性側の事を考えない発言をしていたと気付かされました』
確かに世の中には女性をアクセサリー扱いするような人が存在する。
女性をただのモノとして扱う者がいることを知っている。
だけど、それ以上に性別など関係なく個人を尊重し見てくれる人がいる。
その事をルイーナの言葉で気付かされた。
『ありがとうございます。ルイーナ様』
最後にそう言ってカルロッタは、付き物の落ちた様に笑った。
その笑みはとても清々しく美しいものだった。