第百七話
雲一つ無い快晴、春の訪れを知らせるような穏やかな風が髪を揺らし頬を撫でる。
「それじゃあ行こうか」
「お兄様の物を買ったらお茶しに行きましょうね」
「そう言えば近くに美味しいパン屋があるので、そこで軽く昼食にしましょうか」
「良いわね。それじゃあ買い物をしてパン屋に行ってお茶をしましょう!
良いですか?お兄様」
「それでいいよ。楽しみだな」
両親や使用人達に見送られる中、ルイーナ達三人は屋敷を出た。
父であるラウルや母であるアナスタシアを初め、屋敷にいる使用人の殆どから大丈夫なのかと掛けられた心配の声に大丈夫だと返し、多少予定していた時間より遅れてしまうというハプニングはあったが、それでも十分三人で過ごす時間はある。
「ここも変わったなぁ」
「あそこにあった花屋の店主は、隣の飲食店のオーナーとご結婚なされたそうですよ」
「花屋の彼は何時も彼女を見ていたからね。
彼が付き合った事から結婚したところまで詳しく聞いてみたいよ」
「因みに、彼女の方から結婚を申し込んだそうですよ」
「…………マジか」
アルバが言っていたパン屋は、花屋の店主と飲食店のオーナーとが結婚して出来た店のようだ。
元より彼女は両親の店を手伝っていただけらしく、何時かは自身の店を立てたいと思っていたらしい。
「後で行った時に会えるかもしれないな」
「兄様が眠っている時に彼も花をくれたんですよ」
「そうだったのか………、なら尚更行かないとな」
そんな会話をしながら通りを歩き、二人に案内されて着いたのは雑貨や学園で使う教材を扱う店だった。
比較的早くに屋敷から出た為、人も少なくゆっくりと商品を見ることが出来そうだ。
「このお店も最近出来たんですよ」
「へぇ〜、綺麗な店だな」
全体的にクラシックな雰囲気の店だった。
高い天井ではシンプルながら淡い明かりを灯すシャンデリアが揺れ、棚には手に取りやすく見やすいように陳列されている。
「先にお兄様のを買いましょうか」
「案内しますね」
「ふふ、それじゃあお願いしようかな」
ルイーナの服の袖を摘みコッチだよと示すアルバ。
そして率先して先導しながらもルイーナの手を掴み進むルーチェ。
大きくなっても変わらないその仕草が心地よく、何処か擽ったく感じる。
可愛らしく愛らしい弟妹に手を引かれ、特に迷うこと無く学園で使用する物を買うことが出来た。
「(まさか学園で使う物の中にアイテムがあるとは思わなんだ)」
そう。
この店で学園で使う物を買う中で、ルイーナには聞き覚えのあるものがあった。
初めは気のせいかとも思っていたが、実物を間近で見てその商品が前世で彼が見たゲーム内で使用するアイテムである事が分かったのだ。
「月の雫に星の欠片って普通に売ってるんだなぁ」
「なんですか?」
「ん?何でも無いよ」
”月の雫”そして”星の欠片”とは、ゲーム内でアイテムを作る時に使用するアイテムだった。
これらは敵モンスターを倒さなければ手に入らず、出現率も低いことからある程度周回しなければ手に入らなかった。
だと言うのに、この世界ではそれが普通に売られており値段も高くなく寧ろ安く簡単で大量に手に入ってしまう。
「(これを知ったらなんて言うだろうな)」
ただでさえ周回が面倒だとぼやいていたのだから、前世の妹が知ったらさぞや面白い顔をしたかも知れないな、と一人笑いを堪えていればルーチェに名を呼ばれた。
「どうした?」
「これ、3人でお揃いで買いませんか?」
「飾り紐?」
ルーチェが指し示したのは、妖精の羽をモチーフにしたチャームがついた飾り紐だった。
「はい!これなら持ち物にも付けられますし、髪や他の場所にも着けられるので良いかなって」
「確かにこれなら色々な物に付けることができそうですね」
楽しそうに話す二人を眺めていたルイーナは、ふと自身の腕を見た。
何も付けられていない、薄っすらと傷の残った腕を………。
氷の中から目覚めてから、周囲の環境だけでなくルイーナ自身も変化していた。
自身の体を蝕むほどに強く膨大で、魔石が無ければ上手く制御できなかった魔力が自在に扱えるようになったのだ。
元より付けていた制御のためのブレスレットは、砕けてしまい欠片を集め修復は出来たものの身に付けることは出来ず、宝物として部屋で大切に保管してある。
その事を謝罪した時、目覚めてくれたなら良いのだとルーチェとアルバは涙を溢しながらも笑ってそう言っていた。
「姉様は緑色ですか?」
「それならアルバはこっちの黄緑色?」
互いに合う色の飾り紐を手に取り笑うルーチェとアルバ。
その姿を微笑ましく見ていたルイーナは、近くを通り掛かった定員と一言二言話をして軽く頭を下げた。
「なら俺は橙色のこれにしよう。
………今日のお礼にそれは俺からのプレゼントだ」
「えっ?!お兄様、私は買ってもらうために言ったんじゃありませんよ!」
「俺があげたくなっただけだよ」
「むう……。あっ!姉様!会計の時に僕達もお金を払えばいいのでは?!」
「ハーッハッハッハ!そう来るだろうと既に買ってあるのだよ!!」
先程、ルイーナは通り掛かった定員に事前に飾り紐と学園用品の会計を済ませていたのだ。
背後から聞こえる弟妹の声に、ルイーナは笑い声を溢しながら店内を後にしたのだった。