第百六話
「お・に・い・さ・まぁ〜………?」
「兄様、どうして僕と姉様が怒っているか分かりますか?」
「………俺が勝手に抜け出したからです」
仁王立ちしたまま笑っているのに怒りの滲み出ているルーチェ。
そして同じく仁王立ちしてジトリとした目を向けるアルバ。
そしてその二人に見下されるルイーナは、自室の床で正座していた。
精鋭に部屋まで送り届けられたまでは満面の笑みを浮かべていたルイーナの顔は、今や冷や汗ダラダラで青白い焦りの表情となっていた。
「お兄様は!目覚めたばかりなんですよ?!傷だってまだちゃんと治ってないのに抜け出すなんて!」
「その、少し外の様子が気になってですね?」
「兄様、その気持は分からなくはありませんが、それでも何か一言声を掛けて下さい」
「一応メモは残したんだけど……」
「行き先も何も書かれていないアレで納得するとでも?」
「すみませんでした」
成長したなぁ、と状況が状況でなければ感慨深く感じるであろうこの場面。
雛鳥の様に兄の後ろを付いて回っていた姿は遥か彼方へと飛んでいった。
身長も自身と大差なくなってしまった弟妹は、身長だけでなく様々な場面で成長が見られた。
それは外面だけでなく内面も………。
ルーチェは可愛らしいをこれでもかと用いれた容姿をしていたが、そこに美しさが加わり美人になった。
ほんわかとした面持ちはそのままなのに、その瞳は生命力や活気に溢れている。
スラリと伸びた白魚の様な腕も真珠を思わせる白い肌も、そして何よりその微笑みは天界の神々でさえも虜にしてしまうだろう。
そう思ってしまうほどに美しく成長していた。
今まで自身の意見を言っても周りに押し流されてしまう事もあったが、今ではその影すらも見えないほどに揺るぎない信念の様なものを感じる。
兄としてルーチェの成長は勿論喜ばしい限りだが、変な虫が寄ってきそうで気が気でない。
アルバも可愛らしい容姿をしていたが、今となっては本当に?と兄である己でさえも一瞬首を傾げてしまいそうな程に成長していた。
身長はまだ勝っているが、成長期なのだとこの前聞いたのでまだ伸びるだろう。
…………牛乳を飲まねばならないな。
己が眠っている間も欠かさず鍛錬をしていたのだろう。
手には剣を握り続けた証であるたこがあり、柔らかな手ではなく剣士の固い手になっていた。
面持ちも大人の男に成長しつつあり、気弱だった頃の影も見当たらない程に逞しく成長していた。
「(その成長を間近で見ていたかった………なんてな)」
あの結果は自身の弱さが招いた事だ。
自身にそれを言う資格は無いが、どうしてもふと思ってしまうのを許して欲しい。
自身を兄と慕い笑顔を見せてくれていた幼い弟妹が、どのように成長するか楽しみだったのだ。
「お兄様、ちゃんと聞いてますか?」
「ちゃんと聞いてるよ。
心配かけてごめんな?今度からはちゃんと声を掛けるから」
「…………姉様、もうそろそろ良いんじゃないですか?
それに明日の事もありますし、今見てもらわないと許可が出ない可能性もあります」
「それもそうね…」
「明日?許可?何の話をしてるんんだ?」
アルバに差し出された手を取り、立たせられたルイーナは二人の会話に首を傾げ問い掛けた。
「兄様は僕達と同じ学園に入学する事が決まったでしょう?
なので傷などに問題が無ければ明日必要な物を買いに行こうと思ってたんですよ。
僕達も細かい物を買いに行こうと思ってたので」
「あぁ、なるほどね」
着の身着のままで学園に入学するわけにも行かないしな?と頷くルイーナ。
さり気なく近くの椅子まで手を取りエスコートされてしまった事に気づいたのは、彼が椅子に座ってからだった。
「だから部屋から出ないで大人しくしていてほしかったのに…………部屋にいなくて本当に驚いたんですからね?」
「ごめんな。アレはそういう事だったのか」
「これから先生を呼んでくるので、今度こそ待っていてくださいね?」
「大丈夫ですよ姉様。
僕がちゃんと見張ってるので」
「うぬん………、俺の弟妹からの信頼が薄い」
「信用も信頼も出来て頼りになる最高の兄様ですけど、自分の体を大事にしてくれないので見張ってるんです」
「そうですよ。
敬愛する大切なお兄様は、自分の事は二の次なので私達がその分お兄様を気にかけているだけです」
「………俺の弟妹が格好良くて可愛過ぎて辛い」
「何言ってるんですか???」
うぅぅとうめき声を溢すルイーナ。
その後部屋を出ていったルーチェが連れてきた医師から大丈夫だと今度こそ正式に許可を貰ったルイーナは明日、ルーチェとアルバと三人で出掛けることになったのだった。