第百四話
火照った頬を冷まし青年が頼んでいたらしい果実水で乾いた喉を潤していると、青年がそう言えばとルイーナに声を掛けた。
「ルイーナ様って甘い物好きですか?」
「甘い物?」
「良く紅茶とか飲んでますし、それに合わせて茶菓子とか出してるでしょう?
後は自分で作ったりもするって聴いたことありますし」
「甘い物は好きだけど………、どうかした?」
「なら大丈夫ですね〜」
何処か得意げに笑う青年にルイーナが首を傾げていると、控えめなノック音と共にマスターが部屋へと入ってきた。
「注文通りに作ったぞ」
「ありがとマスター。流石プロ」
「料金は要らん」
「は?流石にそれは駄目だろ。急にどうしたんだよ」
「…………礼として受け取っておけ」
「礼って………、あぁ成程ね。了解した」
一度チラリとルイーナへと視線を向けたマスターに、困惑しながらも返された会釈に僅かに口角を上げ手に持っていたトレイを青年へと渡して、マスターは部屋を出ていった。
「それは?」
「俺のオススメのデザート…………今回はルイーナ様スペシャルみたいですね」
「俺スペシャル?」
ニコニコと楽しそうにそう話す青年の手には、先程マスターが持ってきたトレイがあった。
場所の関係上そのトレイに乗せられたものを伺い見る事は出来ないが、ふわりと香る甘い果実の香りが鼻孔を擽った。
「じゃーん!俺のお気に入り、ズコットでーす!
今回はスペシャル使用なんで、正確にはフルーツズコットって名前が正しいでしょうね」
「うわぁ!!凄く綺麗!」
“ズコット”
イタリアの伝統的なケーキで、ドーム状にしたスポンジケーキの中にナッツ等を混ぜ込んだリコッタクリームを詰めているのが特徴的だ。
だが、時代の流れと共に詰められるものが生クリームやカスタードクリーム、アイス等を使うようになっていった。
そしてテーブルに置かれたケーキには、薄めにカットされた様々なフルーツが表面に塗られた生クリームを彩るように敷き詰められている。
「いやぁ〜、こっち系も美味そうですよね」
「こういうの好きなの?」
「仕事終わりとか頑張った自分へのご褒美!みたいな感じで偶に食べるくらいですけど、ここのは美味いんでよく食べに来るくらいには好きです」
さぁどうぞ。と目の前に置かれたフルーツズコットは外側だけでなく中のクリームにも様々なフルーツが混ぜ込まれているらしく、目の前に置かれたことで甘やかな香りが一層辺りに広がるようだった。
ゴクリとなった喉を気にする余裕もなく、ルイーナは目の前のケーキに心を奪われていた。
そしてゆっくりと手に取ったフォークをケーキへと突き刺せし掬い取る。
掬い取る時にフォークが当たったのだろう。
瑞々く甘やかな香りがより食欲を誘う。
その誘うような香りに堪らずパクリと口にケーキを含んだルイーナは、目を輝かせた。
「(何コレッ?!すげー美味しい!!)」
スポンジ生地はフルーツを漬けていたシロップを塗り込んでいるのかしっとりとしている。
そしてふんだんに使われた生クリームは甘すぎずフルーツの甘味や爽やかさを損なわせず、寧ろ旨味を引き出している。
そして使われているフルーツはイチゴやキュウイにパイナップルと、酸っぱい系のものを使っているからか味がしつこくなく食べやすい。
「(おっ、底はスポンジじゃなくてタルトなんだ?
ナッツとかが混ぜ込んであるのかな?香ばしいというか食感が違って美味しい)」
ケーキはどうしても生クリーム等の甘さが口に残る為、ストレートティーで口の中をさっぱりとさせてまた一口と食べるものだと思っていたが、このケーキに飲み物は要らないかもしれない。
一口、更に一口と頬張っていくルイーナを青年は暫くの間眺めた後に自身もフォークをケーキに突き刺し頬張った。
「(頬に生クリームついてる)」
何時ものキリッとした顔ではなく、小動物を思わせる雰囲気を醸し出すルイーナ。
自身の前では気を張ることはなく気楽にいてくれているようで安心した。
元々、ここで注文していたのは普通のズコットと切り分けられただけのフルーツセットだった。
だがここの店主も二年前のあの日にルイーナに救われていたらしく、個室を指定したのも事前に人払いを頼んでいたのも考慮してか、この様な形で礼を伝える方法を取ったのだろう。
「(ほんと、不思議な子供だよなぁ)」
その小さな背に見合わない重りを背負って、その身体には大きすぎる覚悟や力、信念を持っている。
だが本人はそれを苦だとはおくびにも出さず、ただ前だけを見ている様に感じる。
見た目は子供だが、その内には何処か達観しているような成熟した大人を思わせる何かがある。
だからこうして普通の子供のように瞳を輝かせたり喜んだりする姿を見ると、彼自身も護られる子供であるのだと実感する。
「(ま、時間はまだあるから目一杯甘やかさせて貰いますかね)」
この後話すことに目の前の子供はどんな反応をするだろうかと零れそうになる笑みを隠すために、青年はケーキを更に一口頬張った。