第百三話
「ここですよ。俺のオススメの店」
「おぉ〜、隠れ家みたいだ………」
細く入り組んだ道を抜けた先に青年の言うオススメの店はあった。
こじんまりとした木製の小さな古民家の様なその場所は、知らなければ見逃してしまうくらい自然にそこに馴染んでいた。
「マスター、個室借りる」
「今は誰もいない。好きにしろ」
マスターそ青年に呼ばれた男の返答は一見無愛想なものに感じるだろうが、不思議とそんな気持ちは感じなかった。
寧ろ下手に畏まられたりするよりも好感が持てる。
「ここ、夜は酒場になるんですよ」
「へ〜、夜にも来てみたいなぁ」
「また今度一緒に来ますか。そん時はまた俺のオススメの酒をご馳走しますよ?」
「それなら俺も、今度オススメの場所とかに案内するよ」
楽しみにしてますよと笑い、先を進む青年は知らないだろう。
何時かを約束出来ることがどれだけ素晴らしい事なのか。
何気ない次を約束する事が、ルイーナにとってどれだけ嬉しい事なのか。
きっと青年は知らない。
青年の背後から付いて行くルイーナは自身の頬が緩むのが分かった。
両手で頬を抑えどうにか元に戻そうとするも、幸福感が湧き上がりつい緩んでしまう。
「………何してんですか?」
「はいッ!!?
いや、あの………これはですね」
「もしかして、こういう所苦手でした?」
「ちがッ違いますよ?!
その、う………嬉しくて」
前はこうして誰かにオススメの店を教えてもらったり次を約束したりすることはなかった。
確かに幼い頃は友人と遊びに行ったりしていたが、弟妹が生まれてからはそうして遊ぶことは無かった。
別にそれが苦では無かったし、友人達とは遊びに行かないだけで交流は続いていた。
その後は警察官になろうと必死で勉強やバイトに明け暮れ、警察官になってからは遊ぶなんて頭になかった。
何時かなんて来ないものだと思っていたけれど、こうして新しい世界で次を約束して、ほんの少し憧れていたものが実際に自身に齎した幸福感がこれほど大きいとは夢にも思ってなかった。
「精鋭さんと、またこうして遊びに行ける約束が出来た事が嬉しくて。
今もこんなに楽しくて嬉しいのに、また次もあるなんてって思ったら頬が緩んじゃって……」
そこまで言ってルイーナはハッと何かに気付いたような顔をした後に、自身の両手で顔を覆った。
「(何言っちゃってんの俺ッ?!)」
ルイーナは今の自分の発言に焦っていた。
敬語を外していいと言われ、自分には縁のないものだと思っていた次の約束に舞い上がっていた。
顔が火の様に熱く感じる。
それこそ実際に火で炙られているかのようだ。
憧れていた友人、というよりは何処か兄の様に接してくれる青年の優しさに甘えすぎた。
今のは自身がしてもいい態度では無かったんじゃないかと声には出さないものの、内心荒れていた。
引かれただろうかと、僅かに開いた指の隙間から青年を見て、更にルイーナは焦った。
青年は呆れたように片手で目元を覆い隠し僅かに俯いていたのだ。
「すみません………。今のは忘れて貰えると、その……助かりますです」
変な口調になってしまったが、頭の中がこんがらがって口調を気にする余裕もなかった。
「…………何をしているんだ?」
入らないのかと背後からマスターに声を掛けられたが、ルイーナは反応を返すことが出来なかった。
「今入る」
青年がマスターにそう言葉を返すと同時にルイーナの腕を引き部屋へと引き入れた。
引かれるがままにルイーナは素直に部屋へと入っていった。
流石に顔を覆う手は外したものの、顔をあげる勇気は無く俯いたままだった。
マスターと一言二言話した青年は席に付き、そしてルイーナも青年に習うように席についた。
「………あー、何を言えばいいんだろうな」
暫く流れた沈黙を破ったのは青年だった。
未だに顔を上げられないルイーナは、肩を震わせ更に顔を俯かせた。
「いや、だったよね。ごめん………」
「別に嫌じゃないです。寧ろ可愛すぎてどう反応すればいいか悩んでただけなんで」
「はぇ………?」
てっきり引かれたと思っていた青年のその言葉にルイーナは驚き俯いていた顔を上げ、目に入った光景にまた驚いた。
「そんなに嬉しそうにされたら、誰だって嬉しいでしょ」
テーブルに肩肘を付き頬杖をついた青年は笑っていた。
その笑みは先程まで浮かべていた楽しそうな笑みとはまた違い、見守るような愛しいと思っているかの様な柔らかな笑みだった。
「……引いてない?」
「可愛いと思っても引いたりなんてしませんよ」
寧ろルイーナ様と仲良くなれた様な、近くなれたようで嬉しいですよ?と言う青年に先とは違う意味でルイーナは頬を赤く染めた。
”嬉しい”
ルイーナの心の内をしめる感情はその一言に付きた。
否定されず受け入れられ、剰え嬉しいと言ってもらえた事が嬉しかったのだ。
「ルイーナ様は、もっと甘えて良いんですよ?
兄としても陰としても頑張りすぎなんです。
俺はボスや騎士さん達みたいに強くは無いですけど、甘やかすくらいなら出来ますからね」
そう言って手を伸ばした青年はルイーナの頭に手を起き、ゆっくりと撫でた。
何度か撫でて満足したのか、席に腰を落ち着けた青年はルイーナを見て更に笑みを深くさせた。
撫でられた頭に手を置き、頬を緩ませ嬉しそうにするルイーナがいたから。