第百二話
「うわぁ………凄いな」
ルイーナは目の前に広がるその光景に思わずと言ったようにそう言葉を溢した。
「でしょう?
ここも結構穴場なんですよ」
窓から抱えられ外に飛び出された時は驚いたが、連れてこられた場所から見れる光景にルイーナは目を輝かせていた。
「やっぱり父様は格好良いなぁ………」
ルイーナがいるのはこの国を覆う城壁。
そこで眼下に見える彼の父、ラウルが騎士団い稽古を付けている姿を眺めていた。
指示を飛ばし、数人を相手に魔法も使わず剣のみで軽く受け流す姿は流石としか言いようがない。
執務室で様々な書類を捌いていく姿しか見たことのないルイーナにとって、ラウルが剣を持ち稽古とは言っても戦う姿を見るのは初めてだった。
瞳を輝かせ一心にラウルを見詰めては感嘆の溜め息を溢すルイーナの姿に背後からその姿を覗き込んでいた精鋭………青年は僅かに口元を綻ばせた。
「(これは、連れてきて正解だったな)」
最近になって二年の眠りから目覚めたのは知っている。
そしてその体に付いた無数の傷が、完治していないことだって勿論分かっている。
だが自分達のボスと同じ様に溜め込みやすい彼の事だ。恐らくだがまだ何か思うものがあるのだろうと気分転換になればとあの部屋から連れ出したが、こうも喜ばれると誘ったかいがあるったなと思う。
それに、彼は特別枠として数日後に彼の弟妹のいる魔法学園アルブスへの入学が決まっている。
「(この国の王様は何考えてんのかねぇ…)」
ルイーナが目覚め学園に訪れた時、彼は弟妹に会う前にこの国の王と対面していた。
王が新入生を見るのは、彼等彼女等が今後この国を担っていくのだからこの目で見たいという王の希望を叶えたからだ。
勿論この事を知っているのは、王の補佐官と数名の護衛騎士そして陰だけだ。
青年は何かあった時の対処を担う役割をセルペンテから言い渡され、物陰に身を潜めルイーナと王の会話を聴いていた。
『この度は多大なるご迷惑をおかけいたしました。
いかなる処罰も受ける所存です』
『いや、この国を護った者を褒め称えはしても罰することなどしない』
『ですが私は陰としての責務を二年もの間放棄していました』
『………ならば神の愛娘を守護せよ。そしてこの学園でより知識を蓄え力を付け、今後もこの国の為に戦ってはくれまいか』
片膝を付き深く頭を垂れるルイーナに、この国の王は笑ってそう言ったのだ。
その時の衝撃を青年は今でもハッキリと思い出せる。
冷酷で厳格な王の中の王。
そのカリスマ性は留まる所を知らず、戦場では自ら殿を務めるあの王が僅かであっても笑ったのだ。
王がルイーナを少なからず好意的に思っているのが分かった瞬間だった。
『陛下、つまりそれは………』
『拒否権はない。この国の為に多くを学び力を付けよ』
『ッは!』
この時、王は確実に青年に気付いていた。
眠りから目覚めたばかりで感覚が戻っていないらしいルイーナは気付いていなかったが、ルイーナが再度深く頭を垂れた時、あの鋭い目が己を射抜いた。
”必ず護れ”まるでそう言うように。
言われずとも、己はこの小さくも大きな子供を気に入っているのだ。
彼が死んでしまっては折角のお気に入りが消えてしまう。
「(まぁ俺もこの子供に惹かれた一人ってことなんでしょうね)」
本当に不思議な子供だと思う。
その内にどれだけのモノを秘めているのだろうか。
人を大切に想い手を伸ばす。
その瞳が大切なんだと愛おしいと言葉にせずとも語るのだ。
信用も信頼も乗せたその瞳に見詰められ笑いかけられて墜ちない奴がいたら是非とも拝んでみたいものだ。
危なっかしくて自分の事よりも誰かを想える彼だからこそ護りたいと、支えたいと思うのだ。
そして案外寂しがりやなこの子供に、悲しい顔そさせたくないから側にいたいと思うのだ。
「貴族様、そろそろ腹ごしらえに行きましょうよ。
稽古も一段落付いたみたいですし」
「そうですね、お腹すいちゃいました!
精鋭さんのオススメの店に連れてってくれるんですよね?」
「そうですよ〜。
あと、俺に敬語は要らないんで。その代わり俺もアンタの事名前で呼んでもいいですか?」
キョトンと呆けた顔。
そしてその表情は次いで子供らしい満面の笑みへと変わった。
「勿論!改めてよろしく、精鋭さん!」
「これからもよろしくお願いしますね?ルイーナ様」
まずはこの溜め込み過ぎる子供が少しでもその重りを忘れてしまう程楽しめるよう、距離を縮めていきますかね。