第百一話
そして再開を果たした後、傷を治してくれと泣きつかれ今に至る。
自室にてゴロゴロと暇を持て余していると、数回扉をノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ」
「失礼します。お着替えをお持ちしました」
「……………フフッ、ありがとう精鋭さん?」
「私は一介のメイドですが」
部屋に入ってきたのはファウスト家で働くメイドの一人だった。
だがルイーナは部屋に入ってきたそのメイドを見て、クスクスと笑いながら彼女を精鋭さんと呼んだのだ。
長い髪を団子に纏め、丸ぶち眼鏡をかけた一見気弱そうに見えるそのメイド。
傍から見ればルイーナの方が間違っていると言えるだろうが、彼にはそのメイドが精鋭だと言う確信があった。
「この部屋に来るまで一切足音がしなかったし気配も薄っすらとしか感じなかった。
足音を消すくらいの技量は確かに家の使用人達は持ってるけど、流石にそこまで気配は消せない。
…………それに、俺は使用人に着替えを持って来てもらった事は一度もないよ?」
俺が前にそう頼んだから。
起き上がりベットに腰かけた状態のまま、未だ面白そうに笑っているルイーナに部屋に入ってきたメイドに扮した精鋭は降参だと言うように軽く両手を挙げて見せた。
「えー、マジか~。騙せたと思ったんですけどねぇ」
「偶々だよ。みんなのは分かりやすいから違ったらすぐ分かるってだけ」
「自分が結構凄い事言ってるの分かってます?
つーかこの家の使用人可笑しくない?なんでメイドも執事も騎士並みに強いんだよ………」
「そこはまぁ、ファウスト家だからとしか言えないなぁ」
二年だ。
短くも長い時間を氷の中で眠っていたルイーナにとって、炎に呑まれ恐怖と悲鳴が木霊するあの日がつい昨日のことのように思い出せる。
それでも確かに時間は流れていて、環境や国の雰囲気と言った何もかも変わっていた。
まずこの国は静かだった。
静かというのは語弊があるか。
そこまで積極的に祭りや何からのイベント事はゲーム内での重要なものを除いて開催されたりはしなかった。
だが、目覚めてから二人の入学式を見に行く際に立ち寄った王都の雰囲気は前とは正反対のものだった。
色とりどりの花や鮮やかな色彩を纏い一層活気づいていた。
楽しげな笑い声は絶えず木霊し続け、花の都とでも言い表せそうな雰囲気だった。
『辛い事や苦しい事も笑い飛ばそう』
そう言った意味が込められているらしい。
そして国を覆う防壁が強化され、更には騎士団のレベルも上がっていた。
今までよりも強固な防壁が立ち並び、騎士団も今まで以上に実践を考慮した戦い方や防衛をメインに戦闘訓練を行なっているのだとジュラルドとロベルトが教えてくれた。
何もかもが元通りにはならない。
だが起きてしまった事が変えられないのも事実。
だから人は前を向き進み続けるしかない。
起きた事を糧に進み続ける事が出来るか、立ち止まり後悔を垂れ流し続けるかの違いなのだと分からせられた。
「俺も、前に進まないとな」
「何か?」
「別になんでも。ところで何時までその格好でいるんですか?」
「似合ってません?結構可愛く出来たと思うんすけど」
「確かに可愛いですけど、精鋭さんには格好良いの方があってますよ?」
ルイーナのその言葉に一瞬キョトンとした表情をしたが次いでその口元は楽しそうに、そして面白そうに笑みを浮かべた。
瞬きの間にルイーナの目の前にはメイドの姿はなく、代わりに前髪で瞳を隠したあの精鋭が立っていた。
「良く分かってますね、貴族様」
言葉の最後にハートでも付けそうな彼の言葉に、お気に召したようで何よりだと腰掛けていたベットから立ち上がったルイーナは、茶菓子と紅茶をテーブルに並べ彼を招いた。
それにどうもと軽く会釈をし、精鋭は席に付き出された紅茶を一口飲んだ。
甘くもなく渋みもなく、飲みやすい紅茶で喉を潤し茶菓子を口に運ぶ。
ボスがこれを聞いたら羨ましがって今度の稽古で八つ当たりされそうだと思いつつも彼の手は止まらない。
彼の正面の席に座ったルイーナも紅茶を飲み、そして目の前の彼が一息付いたのを確認して口を開いた。
「それで、ここには何のようで?ただからかいに来た訳ではないんでしょう?」
ルイーナの言葉に、精鋭は再度口角を上げイタズラを思いついた様な笑みを浮かべルイーナへと向き合った。
「愛の逃避行……とは行きませんけど、一緒にここを抜け出して遊びに行きません?」
いい店知ってるんですよ。と笑う精鋭の姿にルイーナは彼と同じ様な笑みを浮かべて答えた。
「いいですよ。楽しませて下さいね?」
「勿論。最高の時間を約束しますよ」
自身のテーブルに少し出掛けてくるから心配しないで欲しいというメモを残したルイーナ。
だが玄関から出ては味気ないという精鋭の言葉でルイーナは彼に問答無用で抱えられ窓から出ていくことになるのだった。