第百話
愛する家族や信頼する仲間との久々の再開を果たしたルイーナは、自室やファウスト家の敷地内以外の外出を禁じられていた。
「うーん、困ったなぁ」
そう言ってルイーナは自室のベットに仰向けで寝転がるが、その口元は緩み笑みを浮かべていた。
氷の中から抜け出した日は、丁度ルーチェとアルバの魔法学園への入学日だった。
目覚めて暫くしてから弟妹に会いに行こうとした所でロベルトに今日が入学式だと聞いたルイーナの行動は早かった。
本当に二年間もの間、氷の中で眠っていたのかと疑うほどに。
すぐさま向かおうとするルイーナを捕まえたのはジュラルドだった。
そんな恰好で行く気かと吠える彼にロベルトはまず気にするにはそこじゃないだろ?!と突っ込みを入れたのが印象深い。
あんなにキレのある突っ込みは中々ないなと今ではロベルトを弄るネタとして主にジュラルドが使っている。
セルペンテはオロオロしつつもルイーナが暴走しないように握った手に傷口に触らないようにと配慮しながらもしっかりと捕まえていたのだから流石とも言えよう。
だが三人はルイーナがどれだけ家族を愛して大切に想っているか知っているから本気で止める事はなかった。
傷の手当をして体を洗い、髪を整え服も柔らかい生地を使っているものを選び着せる徹底ぶりを見せた。
そして条件として独りで行かない事と、終わり次第すぐに戻りきちんと治療を受ける事を約束させた。
それらに対し、ルイーナは過保護ではないかとも子ども扱いが過ぎるとも思いはしたが決して口には出さなかった。
出したが最後、彼らは今度こそ本気で止めに来ると自身に向けられた目を見て確信したから。
ただでさえ今はボロボロで動くことも十分に出来ないのだから、体力も筋力も劣っている自分には彼ら三人の相手はキツイ。
ここで素直に言う事を聞いていた方がいいとルイーナの頭は瞬時に理解し警告を放った。
条件を呑んだルイーナは無事にルーチェとアルバの入学を見届ける事ができた。
だが学園に入学する事を楽しみにしていた筈の二人の目は、あのキラキラと輝かんばかりの光を纏っていたとは思えないほどに暗く沈んでいた。
その顔をさせているのは自分なのだと悟ったルイーナに罪悪感が重く伸し掛かる。
だがあの時の行動に後悔はしていないのだから、自分は救いようのない大馬鹿野郎なのだろう。
自身の事を想って涙を流し悲しむ姿に、考えなしで動いたことは後悔した。
だが悲しませたことを後悔はしても、あの時の行動を後悔はしていないのだ。
謝ることは出来ても、もう二度としないとは誓えない。
方法が違ったとしても、手段が変わったとしてもこの手が届くなら救えるのなら俺は同じ行動をするだろう。
まったく同じ事をしないとは言えるが、それは只の屁理屈でしかない。
今度はもっと上手くやらないとと思っている時点で最低な兄なのだろうな。
そんな思いを抱えつつ、入学式が終わり父を待つ二人の背後から忍び寄る。
「………今日は何のお菓子がいいかしらね」
「あのイチゴのジャムの入ったクッキーが食べたいな」
「あ、俺も食べたいな」
聞こえてきた弟妹の会話に、前と同じ調子で混ざった。
怒られるだろうか。
泣かれて、しまうだろうか。
でも、早く会いたいんだ。その目に映してほしい、願わくばまた兄と呼んでほしい。
「それじゃあ、今日はそのクッキーを焼いて………え?」
振り返った弟妹の驚きに見開かれた目に己の姿が映る。
下がった眉に何とか笑みの形を浮かべている口をした、情けない男の姿が映っていた。
「ただいま」
きっと声は震えていた。
「お、にぃ………?」
「にい、さ?」
「うん。ここにいるよ。
起きるのが遅くなってゴメンな?
………二人とも、入学おめでとう」
こちらに伸ばされた手を掴み引き寄せる。
温かな陽だまりのような心地よい熱が肌を通して伝わってくる。
「アルバ、花を育ててたんだって?後で見せてくれ。
その制服、よく似合ってる」
「ルーチェ、クッキー作るのがまた上手くなったんだって?俺も今度食べたいな。
………ほら、泣かないで。ルーチェもその制服似合ってるよ」
まだ沢山言いたいことがる。聞きたいことがある。
でもまずは、二人の学園への入学を祝わせてくれ。
「誰のッせいだと………!!」
「俺のせいだなぁ」
そう、俺のせいだ。
もっと周りを見ていればよかったんだ。
もっと上手くやらなければならなかったんだ。
仲間を、家族を頼れば良かったんだろう。
…………出来るなら、と最初に言葉がついてしまうけれど。
信頼してないわけじゃない。信用していないわけじゃない。
ただ怖いのだ。
その優しさに一度でも甘えてしまえば、弱くなってしまいそうで。
傷付けてしまいそうで、恐ろしいのだ。
「おかえりなさい、兄様」
「おかえりなさい、お兄様」
あぁだけど………。
「……ただいま。アルバ!ルーチェ!」
おかえりと言ってくれる皆がいるから、ここに帰ってきたいと思えるのだ。
この温もりを失いたくないと、そう強く願うのだろう。