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カケルが成す THE BIRD  作者: 荒巻鮭雄
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9. コロンビア到着

<回想・裁判からプリズンまで>

カケルは裁判後すぐに、留置所に入れられた。1週間ほどのち大型貨物船に乗せられ、1か月の航海と2回の乗り継ぎを経て、コロンビア鄙びた小さな港町に到着した。船には自転車泥棒の死刑囚が30人ほどおり、この時はまだ世界一周クルーズのような観光気分であった。


行先がなぜコロンビアなのか、船内で囚人たちが議論をしていた。カケルはクールにボッチを気取り交流しなかったが、耳をすまし最低限の情報収集はしていた。

自転車を盗むってことは、それだけ自転車が好きってことだよなぁ。だったらプロのロードレーサーを目指すべきなんじゃなぁい。だったらさあ、コロンビアだよ。キンタナとかすごいじゃん。当時の筆頭家老、ロードバイクが趣味だという谷垣の思い付きでそうなったらしい。


事実としては、裁判長山田ヒロキの策略である。接待先の六本木のキャバクラで谷垣を泥酔させ、言葉巧みに誘導し言質を取り、翌日の閣議で法案を提出させた。山田は若い囚人の隔離先として北海道か鹿児島県あたりを想定していたが、谷垣のバカが外国、しかもコロンビアと言ってしまったが仕方ない。

間髪入れず、秘密結社である反政府・地下組織「ギャルゲ」に実行プランを立案させた。海外とのパイプは政府よりアンダーグラウンドな彼らの方が強いし、実行力が高い。残念だったのは、その再教育プログラムを制度設計したのが福本伸行ファンのジャンキー共で、ゲーム作りの感覚で滅茶苦茶なことを書いてしまったことである。



ともかく、確実な死は無慈悲であり、自分の意志や努力で1%でも生き残る可能性を与えられるべきという、人道的な配慮からコロンビア送りという選択肢が加えられた。

囚人たちはロードバイクのプロレーサーになるために行く。目的が明らかになり、カケルは静かな闘志を燃やした。近所のおじさんに、子どものころ川崎競輪場に連れて行ってもらったことがある。

(悪くない……)カケルは密かに野心を燃やした。



港から、トラックの荷台に乗せられる。正確には、武装したガイド数人に、無理やり押し込まれる。

真っ暗で、どのくらい時間が経ったのかも、どれくらい移動したのかも分からない。

「これ知ってるよ。宇宙飛行士の試験でこんなのあるらしい。漫画で読んだ」

ヘラヘラと笑う、転売目的で自転車泥棒をしていたやつらの声だった。


そのうち路面が悪い区間に入った。運転が荒いのか、その両方だろうが体がバウンドし、壁や人間と衝突する。

「あっ! ガッ! 痛い! ザケンな!」と騒がしい。錯乱し無差別に攻撃しだす者もいる。

そのうち半狂乱の叫び声もなくなったが、先ほどからゲロや汚物の匂いもしてくる。丸一日は経過していると思われるが、水も食料も与えられていない。あたかもアウシュビッツ体験ツアーの様相を呈してきた。カケルは気絶したやつを盾や座布団がわりにして、角で黙って座っていた。


トラックから降りて整列したときには、19人になっていた。他のやつは? と聞いたが、しゃべるなと殴られた。ガイドからは何の説明もない。見りゃ分かんだろ、という態度である。

ガイドはペットボトルの水をトラックから降ろし、囚人たちの足元にぽいぽいっと投げた。カケルたち囚人はそれを拾い、地面に這いつくばり夢中で飲んだ。硬いパンと缶詰も与えられ、貪り食べたところでやっと、正気に返った様子だ。


その日はそこから5分ほど歩いたところにあるコテージに一泊するとのこと。12畳ほどの広さで、そこに19人が雑魚寝である。確かに30人は入らないだろうが、それで数を減らした、なんてことはない。実はトラックのドライバーは日本でバスの運転手をしていたのだが、マナーの悪いロードバイク乗りへの憎悪から、この仕事に就いた。ごくごく平凡な彼らをこのような鬼に変えてしまった報いである。求人募集には大型トラックやバスの運転手から3,800人の応募があったという。


部屋は外からカギをかけられているし、窓もない。暑いし換気もクソもない、すし詰め状態の牢獄。しかしみんな、昨日は一睡もできなかったので、死んだように眠った。


翌日の朝食は意外にも豪勢だった。硬いパンに牛乳、鶏肉を焼いたやつ。

食後、1人ずつ別室に連れていかれ、額に「泥」と入れ墨を入れられた。部屋には拘束具付きのベットがあり、暴れると縛り付けられるようす。入れ墨といっても、ハンコみたいにペチッと1回押されるだけだ。痛いのは一瞬だけだし鏡もないので、他のやつの顔を見るまで何をされるのかも分からない。

俺は別に泥棒じゃないんだけど、とも思うが、(郷に入れば郷に従えっていうしなあ)、とコロンビアの文化風習にうといカケルは素直に受け入れた。



それが終わると、自転車と1枚の紙を渡される。武装ガイドはしゃべらない。

中古のママチャリで、放置自転車だったのを持ってきたのだろうか。いちおうタイヤに空気は入れてあるが、ろくな整備はされていない。


文章を読んでみる。

(ここからプリズンまで、この自転車で向かってもらいます。一本道です。1級峠の激坂に一部未舗装、高度3,500m、距離70km。

これはプリズン入所の試験にもなっております。落ちないように、くれぐれもケガにはお気をつけください)

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