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カケルが成す THE BIRD  作者: 荒巻鮭雄
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4. イーグルアイ

「うるせー! ぜんぶ計算どおりだよ!」

カケルはセルジオに唾を吐きかけ、走り出す。8キロほど走ったあと、とぼとぼと歩き出す。オワタ。オワタ。涙が自然と流れる。



高校サッカー選手権。目標としては悪くないのかもしれない。しかしユースでタイトルを総ナメにしてきたカケルからすれば、割とどうでもいい。川崎ユースは昨年すでに、高校年代の最高峰であるプレミアリーグで優勝しているのだ。雑草どもがユースのエリートさんよお、と絡んできても「川崎のヤンキー舐めんじゃねえぞ! シュババババ!」とシバキタオシてきた実績もある。


(しかも高校だと、アカデミー出身者は、ド下手くそな先輩から壮絶ないじめに遭うとも聞く。俺にもプライドがある。到底耐えられそうもないな……)

U-18になったらクラブハウスの寮に入り、そこから近くのキャバ嬢養成学校と名高いバカ高校に通うはずだった。そこで帰宅部のキャッキャうふふのラッキースケベ学園生活を夢想していただけに、その落胆もある。


(まあ、1人ずつ潰していけばいいか……)

カケルも、自分の叱咤激励により次々とチームメイトの自我が崩壊していくことに多少の哀れみがあった。しかし、ユースはプロを目指しているわけで、別に構わんだろうと高をくくっていた。

いつも味方と相手の中間、五分五分の勝負になる場所にパスを出すのも、デュエルを鍛えるためである。ボールを持つか、持たれるかはさほど重要ではない。毎回、球際で勝てばいいだけの話だ。そこで同年代にすら負けているようではプロでは通用しまい。ビビッてパスをもらいに来ない選手ほど、厳しい場所にパスを出し、ボールを取られたら叱責した。周りの選手たちはとうぜん、打撲や擦り傷などは日常茶飯事である。それでいて俺のパス成功率が下がるだろうがボケ!と怒られるのだ。大手住宅販売会社の鬼の営業部長ですら舌を巻く、カケル一流の育成(調教)手法であった。


(でも、高校サッカーの「素人」を潰すのはちょっと気が引ける。校長、監督、キャプテン、2年のイキッったやつ、えーっと、あとはOBか)

被害を最小限に抑えるため、順番や潰し方を考えている。ここでの「潰す」というのは、プレーを潰す、とかではない。メンタル的にも物理的にも潰すという、ポリコレ的にアウトな意味だ。


(ああ、メンドクせえな)

(あー、いかんいかん、やっぱりダメだ。高校は無理だ。素人を潰してはいかん)

(親父のようになってしまう・・・)



現在ではGMの藤田のみが知る、カケルの特殊能力。それは、イーグルアイ(鷲の目)という。


カケルは、チームメイトのミスやサボりが全て見えてしまう。それが、イーグルアイだ。


鳥の目線、すなわち上空から周りが見渡せる。状況が把握できる。

幼少期から当たり前に備わった能力であったため、自分が特殊だなんて思ってもいなかった。何で他のやつはちゃんと見ていないんだろうと不思議だった。


チームメイトがミスをすれば、そのつどひどい罵声を浴びせかける。出来ないことをやれとは言わないが、反抗すれば味方にも後方からの悪質なバックチャージをかました。サボったり、逃げたり、声を出さなかったり、痛くもないのにコロコロと転がったりするのはけしからん。そんな奴をぶん殴ろうが蹴ろうが教育の範囲内だ、キャプテンとして当然の努めであると思っている。

なので、試合には勝つのだが、チーム内の雰囲気は常に最悪である。しかしカケルが抜けると、勝率が著しく下がる。カケルがフル出場した試合の勝率は驚異の9割超えだ。


コーチも、何度かモラルや精神論でマウントを取ろうとチャレンジした。しかしカケルは10倍返しでネチネチと泣きながら抗議し、諦めさせた。チームは取れるタイトルは全て取り、黄金世代ともいわれた。しかし実情は、カケルが抜ければ烏合の衆であると世間からは見られていた。


けっきょく同年代でプロのサッカー選手になれたのは2人だけだったが、噂を聞きつけた全国各地のブラック企業から採用が来て、求人倍率は80倍にもなった。実際に彼らの働きぶりはすさまじく、抜群の営業成績を叩きだす。自分で新規顧客を開拓し、新規事業を立ち上げ、その会社に莫大な利益をもたらしたのち、独立していった。事業だけに留まらず政財界にまで浸透し、世界にも散っていった。もちろんカケルのことはトラウマレベルで大嫌いだったし感謝する気持ちなど微塵も無いが、学ぶべきことは学んでいたのだ。


(フィールドプレーヤーが10人いても、統率力のあるコアな選手がいなければまとまらない。凡庸なチームだ。規律ってのも、リーダーの統率力次第で毒にも薬にもなる)

唯一のカケルの理解者である藤田は、チームなんてそんなもんさ、と思っている。


1+1が3になるという指導者もいるがバカだろう。でも1人で2人分の働きができるやつはいる。0.5人ぶんのやつもいる。それらの組み合わせで、できる戦術が決まる。

攻撃に人数をかければ、そのぶん守備の枚数が減る。守備に人数をかければ攻撃の枚数が減る。ボールを取ったら攻める。取られたら守る。ポジショニングが悪かったり足が遅いとプレイに絡めない。それだけだ。


また、突撃! と言われて本当に突撃できるやつも稀である。

(本来であればビビッてできない事を、フルメタルジャケットのデブの調教みたいなことをしているカケルに非難が行くのも可哀そうな話だ)


カケルのポジションはボランチである。ピッチ中央に君臨し、ゲームを支配する。しかしパスをもらえなければ何もできない。なにより、ポジション以前の話だが、お山の大将しか務まらない。

それが、この天才唯一の弱点であった。


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