34. 健太郎遁走
「ちきしょう、パンツ1枚でここまで来てしまった」
健太郎は逃げた。アパートの2階の窓から飛び降りてすぐ、自転車を強奪し、北に向かい走り続けた。SNSではパンツ1枚で自転者に乗る謎の東洋人として世界中に拡散し、日本では「将軍に似てね?」とささやかれた。
1時間ほど全力で、距離にして30キロは走っただろう。電波が届かないのか、もはやマコちゃんともインカムで連絡が取れない。数回話しかけたが応答がない。緊急事態で1時間も連絡が取れないなど、初めてである。衛星携帯電話もアパートに置いてきてしまった。もはやパンツに入れてあった1万円程度の金だけが頼りである。
マコちゃんが逃げろと言ったからにはとんでもない緊急事態だとは分かる。しかしその理由はさっぱり分からない。
(連絡がつかないということは、マコちゃんは捕まったか、最悪の場合、考えたくはないが殺されたかもしれない……。私などは瞬殺だろう)
身体がブルブルと震える。腰が抜けしばらく動けなかった。敵が誰かはわからないが、日本の将軍の命を狙う者はあまたいるであろう。
(桔梗は、桔梗はどうなった……。どうか無事でいてくれ……。そもそも、なんでよりによって自転車泥棒なんてしてしまったんだ……)
もはや何も考えたくはない。というか既に自分が守れる状況にない。条件的に敗北したのだ。
(大丈夫、マコちゃんが、マコちゃんがいれば何とかしてくれる……)
健太郎は己の死の恐怖から、有り金をはたいて長距離バスで更に北上し、アメリカとの国境の町で1か月ほど身を隠した。大将首はどんなにみじめで情けない恰好でも逃げのびる。それは正しい判断だが、いざ自分がやるとなるとこれは堪らん。
ネコロボは健太郎のアパートまで到着し、すでに逃げられたことを知るとすごすごと帰っていった。マコちゃんとの距離は50。追い付けない。接近戦で勝つしかないが、もはやうかつに近づいてこないだろう。
(なぜだ? ゴッチ文書を入手するには私とペネロペを殺すのがいちばん手っ取り早いだろうに……)
アトキントン猪木が狙ったゴッチ文書、着ぐるみを着てゴンベイなどと名乗ってはいたが、猪木の弟子の田代であることはバレバレである。それにしてもあんな細身の着ぐるみに、どうやって入っているのだろう。
いっぽうマコちゃんも、ネコロボと接触したのは非常に大きなミスで虎の尾を踏んでしまった。健太郎を守りながら戦えば負けは確実。健太郎は無事に逃げおおせたと分かったあとも、闘いを挑むのに躊躇した。純粋に殺す理由もないし、殺されるリスクがある。
健太郎とも連絡が取れなくなった。ネコを追尾するのに全集中モードにしておかないと危険だった。二人専用の電波中継器で、インカムは半径15km程度しか電波が届かない。「あのバカどこまで逃げてるんだよ、ちっきしょー!」と叫んでみたが後の祭りである。
ネコロボを遠目から引き続き監視したが、桔梗に近づく様子はなかった。マコちゃんはあくまで健太郎の影なので桔梗が消されても放置する気だっが、その後もまるで何もなかったかのように通常の生活であった。経過観測は必要だが、とりあえず危害を加える気はないようで安心した。




