31. ネコロボ
地域内でギャング団や不良グループの抗争があれば代表者をリング上でステゴロ・タイマン勝負をさせ、ネコロボがレフリーを務めた。5人くらいで後ろから殴りかかりボコボコにするという文化は卑怯で野蛮だし、廃止させたのだ。観衆のもと、正確かつ公正なジャッジで試合をさばき、縄張りを確定させていった。
勝者が敗者を併合する総取りというわけではない。拙速な勢力拡大は乱暴で頭が悪いので止めさせたのである。この時代、国家という枠組みが壊れたいま、汎メキシコ主義で国家統一を目指す勢力が後を絶たない。統一したいとか言いながらすぐに内部分裂、抗争が始まり泥沼化する。町という単位でも外交や安全保障をきちんとしないと紛争地域となってしまう。このスラム街も最前線かつ緩衝地帯としてクソ化されてきたという悲しい歴史があった。
人口が極端に増えれば領土や田畑の奪い合いになり、極端に減れば人間の奪い合いになる。財産としての比率が逆転するからだ。50年前の革命も、このシンプルな理屈で発生したことである。急激な領土の拡大や人口の減少は戦争を生む。騒乱で追い出されたり逃げてきた人が多いこのエリアはとうぜん人口過多である。
不良連中も最初はみなネコロボの愛くるしい見た目と喧嘩上等の強気な発言とのギャップに戸惑ったが、次第に男気と胆力に惚れ、尊敬を集めていった。この街で「兄貴」といえば、ネコロボのことである。
アステカ道場のリングなので観客は立ち見で100名ほどしか入らないが、チケットは通常の数倍の高値で売れ、稼ぎが良かった。これに味をしめ、トーナメントを毎年開催。優勝者にはベルトと賞金、なによりも大衆からの名誉と尊敬が得られた。
そのトーナメントの主催も安定した収益となった。また、ギャンブルにしたほうが観客も増え、客観性も増す。メキシコ最大のマフィアにはその胴元の権利を与え、ケツモチとした。それにより町の安全を担保でき、平和な暮らしを得ることができる。近隣の町のマフィアも、普段は対立しても娯楽には耐えられない。ある種の聖域として不可侵の場とした。
一部からは不満も出るが、ネコロボは「文句があるやつは俺にかかってこい、コンデコマ方式で24時間、どこでも襲い掛かってOK」と宣言した。
「お前、八百長は許さんぞ」
リング上で、レフリーを務めるネコロボが言う。
ギャンブルになれば、八百長も横行する。ギレルメという青年もはした金を渡され、負けるよう指示されていた。
「うるせえタヌキ野郎! 俺には病気の父ちゃんがいるんだ!」
大ぶりなパンチでわざと空振りし、己の顔を相手の正面に置く。威勢のいい啖呵を切りながらギレルメはカウンターパンチを3発食らい、失神KO負けした。
(なんか白けるなあ、プロレスじゃないんだから……)
ネコロボは試合を不成立とし、勝者も敗者も今後は出禁とした。
八百長を指示したマフィアは激怒し、ギレルメにネコロボを始末するよう命じた。12回ネコロボに挑戦し、すべて返り討ちにあった。あまりにもしつこいのでネコロボが尋ねる。
「おい、誰の命令だ? 俺が締めてきてやる」
そのマフィアは一晩で壊滅した。そして、ギレルメは残党をまとめ上げ、ネコロボの最も忠実な配下となった。ネコが一声かければ、1時間で兵隊300名は動員できると推測される。もちろんそんな事はしないが。
市外のギャング団がちょっかいを出しに来たときは、ネコが一人で対応し実力で追い返した。首の後ろに、「コー」という音と、金色の煙が出る装置を取り付け、蹲踞からすっと背を伸ばした姿勢で睨みつける。それは合気道の達人の立ち姿そのものであった。2等身が8等身に見える。ガンバの大冒険の「白イタチノロイ」くらい恐ろしい。一目見て皆、鬼か悪魔か、拳銃や刃物など、とうてい役に立ちそうもない。みな、死を直観し逃げていった。
戦っても勝てるが、戦わずして勝つ。それがこの男の流儀である。
ほどなくして、ネコロボはメキシコ公安警察からギャング団のトップとしてマークされるようになった。
そんなことはつゆ知らず、今日もリングで道化を演じている。




