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カケルが成す THE BIRD  作者: 荒巻鮭雄
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30. アレックス

ペネロペの旦那はアレックスという。10年前にメキシコに流れ着いたとき、なんとなくいい感じになって結婚した。以前はマフィアの鉄砲玉をしていたが、現在はもっぱら女子プロレス団体アステカの専属コックとして働いている。


アステカ道場ではレスラーのために大量に食事を作るのだが、余る時がある。それを道場前で格安で販売したところ、近隣住民から非常に好評であった。とうぜん不定期の販売だったが、営業していないと当てにして来た客はクレームどころか道場前で暴れて騒ぎ立てる。

そのたびペネロペが出動しプロレス技で鎮圧していたが、だんだんと面倒になってきた。

「アレックス、今日から弁当屋を始めなさい。私に面倒をかけさせないで」


ペネロペにはずっと尻に敷かれっぱなしで、強くは逆らえない。毎日ちょっと多めに作ればいいだけなので、了承した。


客の要望で道場前にテーブルやベンチを置いた。スラム街で弁当を持って歩いていると引ったくりに会う可能性もあり、その場で食べて帰ったほうが安全なのだ。店頭で食べている客がいると、それを見た客も買いに来る。治安はともかくこの辺は住民も多く、客数で困ることはない。

テーブルもどんどん増やしていったが、次第に道路まではみ出す格好になってきた。屋外だと雨の日も困る。しかたなく、道場の1階にもテーブルを入れ、建物に看板も設置した。

1階は練習場になっているため、リングがある。他にトレーニング施設、選手用食堂、マッサージ室、シャワールーム、洗面所、洗濯室、更衣室、キッチンなどがあった。アレックスはそれらの施設をどんどんと取り潰し、レストランの客席としていった。

レスラーたちは猛反発したが、ペネロペは容認した。今まで無職同然でヒモのような暮らしをしていたアレックスが、猛然と働きだしたからである。かろうじてリングは残されたが、それ以外のスペースにはテーブルとイスが並ぶ。客がいるところで練習することに選手たちは戸惑ったが、プロレスの練習が生で見られるレストラン、という感じになった。


たまに酔っ払った客がリングに上がってくる。

「おいそこのネコロボ! さっきからやられっぱなしじゃねえか! お前なら俺でも勝てそうだぜ!」

それをレスラーたちが血祭りにあげる。それがまた、一種のショーのようになって人気が沸騰した。近所のおばちゃんが近所の不良少年を連れてきて、更生してくれと頼まれる。しかたないので「死んでも文句は言いません」という証文を取り、ボコボコにして返す。


半年もすると、周辺の治安がすこぶる良くなり店も増え、道場前の通りはちょっとした商店街のようになった。レストランの従業員も10名に増え、看板も「レストランテ・アステカ」とした。定食にヤクルトを付けたところ、安くて美味くて健康に良いと評判が増した。貧困から子供がグレないようにとヤクルトの正規販売代理店になり、近所のシングルマザー30人を雇ったことで名声も上がった。


不良一般市民をシメるのはもっぱらネコロボなど下っ端のレスラーだったが、試合では雑魚キャラだが実際にガチでやるとめっぽう強い。空手や柔道、ボクシングをかじった素人のパンチやキックをすべて受けきる強靭さ。そして多彩な関節技でことごとくねじ伏せていった。さすがはプロレスラーだと観客はみな感心した。ちなみにチンパンジー選手やカンガルー選手は素人相手でも手加減ができず殺してしまう恐れがあるので出番はなかった。


レストランとの相乗効果でプロレス団体アステカの知名度や人気もうなぎ上りで、興行での集客もアップ。ペネロペは、「私の読み通りだったわね」と満面の笑みだ。

集客アップといってもマーケットでせいぜい100人程度なのだが、それまではゲリラ的に路上プロレスをしていたのだから特設リングを作り独自の興行が打てるだけでも各段の進歩である。


売り上げも倍増し、レスラーに支払うファイトマネーも増額できる。1階で壊した施設は2階に移し、選手たちには住む家を自分で借りるよう促した。


アレックスはグッズ販売から始まり、観光ツアー会社、タクシー会社、バス会社と事業を拡大させていった。そう、日本からくる少女(自転車泥棒)たちを安全かつ快適にエスコートするのは彼らだ。費用は日本政府から出るので取りっぱぐれもない。多少やさぐれた少女がいても、ネコロボをガイドにしておけば誰でもなつく。日本人のDNAに「かわいい」ものとして刷り込まれているのだ。

当初はプロレスラーとして受け入れる契約だったのだが、面倒だしコスパが悪い。そこでアレックスが機転を利かせ、観光業にシフトしたのである。日本政府(実際の窓口は反政府ギルド)は往復2か月ちょいで帰国してくるので文句を言ったが、「ちょっと太めに見える体形がプロレスラーなのです、ボディビルダーのような体形ではスタミナが待ちません、うちは本格派ですから」と説明し納得させた。桔梗に関しては破格の料金を提示されたので受け入れたが、他はちゃちゃっと観光だけさせて返す。それが彼らの仕事だ。


しかし、敏腕経営者となったアレックスがここから暴走を始める。

彼が、看板の電飾化にハマっていったのだ。昼夜を問わず働き続け、ちょっとでも暇ができればウーバーイーツで配達をして小銭を稼ぐ。その金で電球を足していくのが無上の喜びとなっていた。ワーカーホリックを通り越し、「オレ、起きている間、ずっと時給が発生しているんだぜ」が口癖のゾンビかサイボーグみたいになってしまった。

しかたなくペネロペが片手間に経営をしていたが、あまりに忙しすぎる。代わりにプロ経営者として日本から大手住宅販売会社で鬼の営業部長をしていた森岡陸男を招へいした。


その森岡は、アレックスのモーレツ社員ぶりに感服した。最終的には大阪の通天閣に匹敵する規模の看板というか鉄塔というかアンテナ塔を建てたいというアレックスの夢にも共感し、「私も1枚かませてもらいましょう」とアレックスと一緒にウーバーイーツでメキシコ市内を走り回る。自転車で走った距離は地球3周ぶんにもなった。2人は完成間近に過労死し、その雄姿を見ることはできなかったが、噂では宇宙にある人工衛星からこの店が1等星くらいの明るさで見えるとのことだ。彼らもそらの上で祝杯をあげているに違いない。


現在ではアステカグループの経営の実務は、アマレスの元世界チャンピオン、浜口が担っている。ペネロペが周りを見渡したところ、真人間は彼女だけだった。

彼女はアンテナ塔を通信キャリアに貸し、電球は電気代がかかるので撤去した。



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