29. 将軍・健太郎
桔梗がスラム街の裏道を一人で歩いている。箱入り娘のお嬢様は、その危険性を知らない。
「お嬢ちゃん、ちょっと遊ぼうよ」
後方から男が歩み寄ってゆく。
「パンッ」
「うぐッ」
男は地面にうずくまる。足を撃たれたようだ。
桔梗は男に声を掛けられたことも、その男が撃たれたことも気づかずそのまま歩いていった。
「ふう、危ないなあ。桔梗ちゃんは」
桔梗の父、健太郎であった。数百メートル離れた建物の屋上から狙撃したのだ。
吉長家の当主が持つといわれる特殊能力。それは「クロウズアイ」と呼ばれる。
健太郎には特殊部隊の班長を務められるくらいの能力があるのだが、本質はそこではない。
イーグルアイ(カケル)、ホークアイ(藤田)、ファルコンアイ(トオル)など、これら全般はBirdと呼ばれる能力だ。ちなみに初代Birdは藤原鎌足であり、その血統を受け継ぐ者たちとなる。歴史上の大きな政局には、その時代のBirdがからんでいるとも云われる。
ただ、血統で繋がるといっても能力が出現するのは稀であり、3代続いて出るときもあれば、10代抜けて、隔世的に出る場合もある。なので庶民から突然変異的に出現もするし、発揮できる能力値もまちまちで、かなりいい加減なシステムである。共通項としてはホラ吹きで態度が横柄というだけで、能力者とその他の区別は非常に難しい。
それぞれ特徴があるが、クロウズアイはちょっと変則的な能力だ。この能力者には、「影」がいる。表には一切出ないが、主君が危機のさいには護ってくれる。クロウ「ズ」と複数形になるのも彼だけだ。通常、Birdは当人に能力が宿るが、クロウズはあたかも二人いるように見えるからである。
また理由はよく分からないが、影は当の本人と会うことはない。健太郎の影は田代誠というが、インカムで会話はできるものの、顔も素性も知らない。幼少期からの付き合いで兄弟のような間柄ながら、聞いても、「えへへ、それ聞く? マジで? 受ける、ヤバい」とはぐらかされる。
そしてマコちゃんは今も、健太郎をどこかで追尾し、護衛しているはずだ。
健太郎はひとり娘で次期当主である桔梗の「影」として、ここメキシコまで来た。桔梗にも影がいるのかもしれないが、もしいなかったらどうしよう、という不安にからやってきた。クロウズアイってのも、我ながら先天的な能力であるか疑わしい。親や家から付けられたSPか執事みたいなもんだろうという気もする。
将軍としての職務はどうしたかって? そんなもの、普通の影武者が3人いるので、3交代制で働かせればいいだけのことだ。どうせ「よきに計らえ」としか言わないんだから。誰にでもできる。俺が抜けても全く問題ない。衛星電話で通話もできるし、演技指導もした。念のため7種類の「よきに計らえ」を録音し渡してもある。
14から17歳の少女が自転車泥棒をした場合、メキシコ送りという選択肢もあるが、実際にプロレスラーになる娘はごくごく稀である。
本気でレスラーを目指そうという娘もいたが、それにははまず、坊主頭にしなければならない。マスクを被るので頭髪など割とどうでもいいのだが、ここでだいたいの少女は「無理~」と言う。そこで腹案として遺跡ツアーやメキシコ湾クルーズなど1週間ほどの観光プランを提案し、それをこなせば帰国できる。もはや懲罰でもなんでもない。実質的には単なる観光旅行というプランになっていた。男子と比べ優遇されているにもほどがある。男子は貨物船の船底だが、女子は豪華クルーズ船の個室が与えられる優遇っぷりなのだ。カラフルな色のバカみたいに甘いスイーツも食べ放題で、だいたい10キロほど太って帰国する。それが唯一のペナルティといったところだろうか。
桔梗もそれで帰国できたはずだが、次期将軍という手前、特権的な地位で逃れたと思われたくはない。1メートルほどあった黒髪をバッサリと切り、五分刈りにしてアステカ道場に入門した稀有な例であった。




