28. 親子喧嘩
1週間前にこの「アステカ」に来て、たいした説明や練習もなく、わけも分からずにデビュー戦。しかも1年間はこの境遇に耐えなければ日本に帰れない。体重の差も如何ともしがたく、今のスレンダーな体形に、短期間で本職のような筋肉やスタミナが付くわけがなかろう。
箱入り娘として今までなんの苦労もなく生きてきたのに、何がどうして、どうしてこうなったんだろう。溜息をつき、1か月前の出来事を回想した。
「桔梗! お見合い相手を探してきたぞ! 選べ!」
桔梗の父、将軍である健太郎だ。
19歳 力士
49歳 パイロット(バツ3)
78歳 御隠居(犬付き)
「どうだ? 3つも選択肢がある!」
「お父様……、どうしてもこの力士の方とお見合いさせたいようですね。抜け抜けと何を申されておられるのか」
「そんなことはない。よく聞け……」
(娘よすまん、大手住宅販売会社の鬼の営業部長、森岡陸男に教わった100%成功するという営業手法を使わせてもらうぞ……)
健太郎はパイロットとご隠居の素晴らしさを40分間にわたり滔々と語った。森岡が言うには、まずは他社の商品を褒めて褒めて褒めちぎるらしい。それを40分間、ウォーミングアップとして使う。自分も客も十分に温まったたところで、自社の商品をMAXパワーで推す。これで正直さ、熱意が伝わり、客に十分な情報と決断の時が来たと思わせる。
「しかし、この力士もなかなか良いぞ……」と言ったところで桔梗はブチ切れた。
「うるせーよ! このクソジジイ! 相手をてめえが勝手に決めんじゃねえ! 私はまだ17歳だし婚約も結婚もする気ねえんだよ!」
「いや、お前は将軍の娘なんだから自由恋愛とか結婚とかダメだよ。次期当主で次期将軍。家格とかもあるし」
「政略結婚なんて御免です! 私は私が惚れた相手と結婚します! 相手も時期も私が決めます!」
「うっせーばーかばーか、お歯黒バカ殿クソ親父、死ねボケコラカス死ねコラカス」
突き立てた親指を下に向け、桔梗は部屋を飛び出した。この時代、悪口や罵声はラップ調で言うのが上流階級のマナーである。口喧嘩や殴り合いは遺恨を残すが、ラップバトルであれば、試合後はノーサイド。平和を保つための知恵である。
更に、屋敷を飛び出した。
更に、城を飛び出した。
門の外には交番があり、そこに警ら用自転車を発見。それに飛び乗り、桔梗は走り出した。
城内で自転車には乗っていたが、外出はいつも自動車の後部座席である。道路標識や信号すら、仕組みやルールがよく分かっていなかった。城外に出るときはSPが必ず付くし、一人で街を歩く自由さえない。
信号無視を繰り返し、ひたすらと遠くに。遠くに逃げる。(今日から私は自由になるんだ……)
桔梗はすぐに捕まり城に連れ戻されたが、SNSには十二単で自転車に乗る桔梗の動画が拡散していた。
それに気づいた健太郎はすぐに報道規制をかけ、「十二単で自転車に乗ってる人いて草」「ワロタ」「警察の自転車だ」「泥棒?」「桔梗さまじゃね?」などと書き込みをした人間を逮捕した。それでもひそひそ噂話は止まらず、スキャンダルとなる。
将軍の娘が、自転車泥棒などという重罪を犯したとなれば諸藩および天皇家へも顔向けできない。対応を一歩でも間違えれば、更に大ごとになるであろう。しかもバツの悪いことに、つい先日、桔梗は一日警察署長を務めていた。自転車泥棒は死刑です、という防犯ポスターにも出ていた。もはや言い逃れはできない。
健太郎は記者会見を開き、娘の件を謝罪し、退学及びメキシコ送りにすると発表した。




