26. 最終レース 第1部・完
どっかーーーーん。
俺は……。まだ生きているのか……。レースは終わった。
1号と2号と3号と4号は死んだ……。
イーグルアイは、見たくないものも見えてしまう。それを苦痛に感じることもある。仲間の死の瞬間など、誰が見たいものか。
1号は開始5秒で! あんなとこで! あんな無残に!
2号だってそうだ! 汚ねえ初見殺しだ! あんなにあっけなく……
3号は……3号は……
涙で声にならない。
浦上がリヤカーを引きやってきた。「大丈夫か? 肩を貸そう」
「どっこいしょ」カケルを肩で担ぎ上げ、リヤカーの荷台にぶん投げた。
カケルはリヤカーで観客の前に運ばれる。
そこでファンファーレが鳴り響き、地響きのような10万人の歓声を浴びる。なんなんだ、この状況は。この観客は。人が死んでるんだぞ……。
集団ヒステリーってやつか。こんなの何が楽しいんだ? 面白いっていうんだ?
調教師の浦上がメダルを掛けられている。馬主らしい老婆もいる。こいつがカマーラっていう元大統領か。羅生門のババアよりもおぞましい。カケルはカマーラに吠えた。元アメリカ大統領、国家元首に対してである。しかし何を言っても、元気でいるか、お金はあるか、友達できたか この3つしか言わなかった。
ふーん、クレーム対応にもその手があったか。経験者だな……。
カケルにも賞金が出る。かなりの大金だが、何十億もらおうが、死ねば0。没収されて終わり。99%死ぬのを織り込み済みだと、この金額になるってことだ。
こんなレースをあと……8回もやるのか。道化になって死んでいく。(自転車泥棒の罪とは、これほどまでに重いものなのか)と、初めて実感した。
山田ヒロキ弁護士の、「バカなの? 死ぬの?」という言葉が今になって、やっとリアルに理解できた。
カケルは勝ち続けた。否、生き残り続けたといたほうが正確だろう。しかしカケルには不可解な点があった。ロードバイクのプロになるはずなのに、一向に自転車を使う気配がないのだ。
だがしかし、1勝するごとに待遇も改善されていく。ポッキー食べ放題という破格の好条件を付与され、文句を言える立場でもない。カケルは既に既得権者なのだ。
いっぽう浦上は、カケルが稼いだ賞金と、クレームの電話応対で得た金で、大仏を建立していた。
なんで真っ先に殺そうと思ってたやつが生き残って、他のやつらが死んだんだ……。
特に1号、あいつは俺の後継者にするつもりだった。
学校でうんこを漏らしたことに錯乱し、つい自転車を盗んでしまった。
人間とはそういうものだ。己のミスや弱さなど、認めたくはない。
むしろ、腸にも思考や自我、すなわち生命があるということを知っていた。己の中に、己がコントロールできない、もうひとつの生命、神か悪魔か……いることを知っていた。
彼らには、ヨーグルトを食べ、ヤクルトを飲み、ご機嫌をお伺いするしかない。決して、決して怒らせてはならぬ。静まれーい! 静まれーい! と懇願するしかない。
調教師の仕事を放棄しているわけではない。ただただ、現実から逃げたいのだ。
浦上は、腸内環境を良くしよう! されば悟りは開かれん! というビフィズス教の創設者になった。
理不尽かつ不条理な世界から離れ、生命の深遠を辿るのだ。
今日が最終レースだ。よーい、どん。
「おい! おまえ大貴だろ!」
「違う! 俺はパンダ―マスクだ!」
もはや二人に言葉はいらない。
【180ページ割愛】
「何いいッ! ボールが消えた!」
【2ページ割愛】
「勝った。勝ったぞーーーー!」
カケルは雄たけびを上げた。
薄氷を踏むような、針の穴を通すようなトリッキーな技で大逆転勝利した。ジャッキーチェンのプロジェクトAを100回見ていなければ死んでいたことだろう。手持ちのカード、リー・リンチェンがジェット・リーに進化するというミラクルにも助けられた。プロゴルファー猿の「紅蜂」の名前をひねり出したのもマーベラスであった。
レギュレーション違反じゃね? と審議が3時間にわたり行われたが、他の選手はぜんいん死亡しているため、しかたなくカケルの優勝となった。
運営も他の厩舎もなりふり構わず潰しにいった。全力でカケルを殺そうとした。後ろから5人がかりで襲い掛かっても、まるで背中に目でも付いているかのように察知されかわされる。
テレビの尺を無視して3分でレースを終わらせ、勝ち方というか相手への貶め方もエグく、まったく人気が出ない。レース前日の対戦相手の食事に下剤を混入し体力を削る。相手の弱みを握りトラウマや黒歴史をえぐる。運営や相手の仕込んだ物理的なトラップは全て見破るし、リアクションも悪い。なにより性格の悪さが顔に滲み出ており、目がビー玉だ。100%運だよりの状況でも不思議と生き残り、もはやこの悪魔を止められる者はいない。
「どどすこいこい、どどすこいこい……」
カケルは、不思議な踊りを踊った。もちろん浦上直伝である。
大歓声に手を振ると、表彰式にも出ず、
「では、シュシュッ! ドロン!」
と足早に立ち去った。
向かったのは監獄長、鈴木友蔵の部屋である。
「遠藤カケル少尉であります! 失礼します!」
「おお、カケル君か。他の選手たちはさぞ迷惑というか災難だったろうね。君がいて」
「お褒めのお言葉をいただき、恐縮であります!」
「うむ。これで君は、晴れて自由の身だ。額の入れ墨も消そう。手持ちの金があれば、何でも買える。死ぬまで遊んで暮らすこともできる。ユーチューバーにだって、なれる」
「ハイ! カリブの島を買って、独裁国家を作ろうと思います」
「そうか、君らしい。ところで二つ名を名乗ることができるぞ。ストロベリーファームのカケル、とかどうだ? それともプレジデンテか?」
「それは決まっています。イーグルアイです」
「うーむ、そうか。縁起が悪いな。せっかく生き残ったってのに、それを名乗るか……。死に急ぎのイーグルアイ」
「えっ? なんすかそれ?」
初耳だった。
第1部 完




