23. 日本での革命
日本でもカマーラの大統領就任の毒におかされ、田豊が首相に就任。税金を全てゼロにすることを公約に掲げ、選挙で圧勝したのだ。大陸にルーツを持ち、とてもじゃないが愛国者とか、庶民の味方とは思えない人物だった。
環境問題、グローバリズム、フェミニズム、平等主義を掲げ、就任するとすぐ、死ぬまで首相に居座ると宣言。電光石火で法案を強行採決する。公約通り税金はゼロにし、公務員も全てクビにした。
自動車などエンジンが付いたものはエコでないと、ことごとく海に沈められ、刀狩ならぬクルマ狩りと呼ばれた。1台持っていけば1億円もらえるということで、2か月ほどで日本から車が無くなった。大型重機から草刈り機に至るまで、姿を消した。
就任2年目にはカマーラが第七艦隊を中国に1ドルで売却、日米同盟の破棄を発表。事実上、日本は中国共産党が率いるレッドチームに入った。既に主だった日本企業はほとんど、中国資本の傘下に入っていた。国名を「ごめんチャイナ小日本」と変更。翌月、デジタル人民元を通貨にすることを発表。
しかし円との交換は断られたとのことだ。日本円の価値はゼロになり、貯金もなくなる。国民全員が資産ゼロ。これで平等な国ランキングで世界一位を獲得できるだろうと、田豊は歓喜した。
日中同盟締結の翌日に、田豊は謎の死をとげた。マスコミ、司法、教育界などを中心に、2,000人ほども変死体で見つかったり、消息を絶った。それを見聞きした3万人が中国大使館の前に自ら集まり、道路を埋め尽くした。土下座し、頭を地面にたたき続け、3日間でほとんどが死んだ。諦めて帰ろうとしたやつだけ、どこかに連行されていった。
中国政府は公式には何も言ってこない。むしろ、ここまで露骨なすり寄りに狼狽していた。勝手に溺れて抱きついて一緒に沈もうと笑顔で言ってくるやつに恐怖を感じていた。
駐日大使館も、本国から一切無視しろとの命を受けている。
それから半年、中国政府からも大使館からも、何の発表もない。大規模な通信障害が起き、情報が入らない。
民度の高い日本国民はそれでも静観したが、政治の空白は国家の瓦解を早めた。練馬と田無の抗争が発端であったと記録されているが、全国各地で打ち壊しなどの暴動、狼藉が多発。
元警察官、自衛隊員などがボランティアで、玉石混合の部隊でなんとか治安を維持していた。放火が相次いだが、既に消防車も海中に沈められていた。
同士討ちをさせ弱体化させるつもりだったのだろう。しかし、そうはいかなかった。日本人のDNA、鎌倉、室町の中世の日本人が目覚めたのである。
そこには、「やられたら、やりかえす」という当然の、実力行使も当たり前の、そういった新常識による秩序の回復がなされた。
新政府など作る暇がない。天皇、皇室さえ守れば、あとはどうにでもなるのだ。
交番などは襲撃されればひとたまりもない。警察署や市役所を、窓を鉄板で覆い、狭間という鉄砲を撃つ穴などを作り、周囲に堀をめぐらし、要塞化していった。
それでも多勢にはもろく、四方を高い壁で覆われた野球場やサッカー場などを使うようになった。
しかし、最終的に残ったのは大型ショッピングモール・イオンである。食料などの生活物資が満載だ。大混乱のさなか、ヤクザやアウトローは真っ先に奪いに行った。
素人やヤンキーを蹴散らし、他のグループとの激しい戦闘のすえ、最上階にあるゲームコーナーを占拠する。ここが王座だ。
各勢力がイオンという拠点をいくつ押さえるかで、おのずと版図が決まって行った。
物資が底を付いても、イオンは権威の象徴として改築、補強が行われ、「城」と呼ばれるようになった。行政機関や警察、消防本部も兼ねている。
闇市で莫大な資本力を築き、法や治安も担い、民衆を守る。独裁的な気合は強いが、無秩序よりかはマシだ。
このように、1国1城の主として独立国家が全国各地に出現していった。以前の政府、行政機関の残党もそれを鎮圧できず、ほどなくして彼らの支配下に収まった。国会議事堂も最高裁判所も、足立区や津田沼の愚連隊に占拠され、機能していない。しだいに残党グループも、統一や復元はあきらめ、豪族化していった。
そこで天皇が「朕は国家なり」を発令。地域間の紛争はなくなり、群雄の境界線が確定した。
それは奇跡のような、1年足らずの電光石火の革命であった。




