21. 最盛期のプリズン
次第に同じ出身地で徒党を組むようになった。プリズンの囚人も今は100人以下だが、当時は2,500人くらいいたんだ。
盗んだバイクを売って儲ける集団、そのパーツを買い集めカスタムする集団も現れる。
とうぜん資金力が高いチームが強くなり、驚くほどの短期間でピラミッド型の巨大組織を作り上げていった。大将だけでなく、軍師や外交官、経理、営業、広報、人事など、その辺の中小企業よりもずっと立派な組織を作り上げていた。
集金システムの構築も早かったな。通貨はアルパカだ。でも、みんなでアルパカを繁殖させるもんだからハイパーインフレになってたよ。
彼らはバサラを名乗り、プリズン内の廊下をバイクで走り回り、夜の校舎 窓ガラス 壊してまわった。合従連衡、支配、従属、裏切り、まるで戦国時代の国盗り合戦の様相を呈す。これには俺たち運営も、まるで室町時代末期のようだ! と叫んだぜ。
大阪は90ccまではボアアップOKという勝手なルールを作り、一時表彰台を独占した。
最大の抗争は茨城と栃木。事の発端は、栃木が坂東太郎を名乗ったことだ。それに茨城が激怒し、さらに千葉まで参入し泥沼の展開になった。
これは、「源氏の頭領≒武家の頭領」という権威の争奪戦、征夷大将軍を目指す戦いになったことを意味する。武力だけでは正統性が無いと、自転車泥棒のくせに理解していたのだ。
水戸学派の茨城は京都を神輿に担ぎ、諸大名に打倒栃木の勅使を派遣する。
こうして東軍と西軍に分かれ、全国各地で抗争が激化していった。
このときも運営は、まるで鎌倉時代末期のようだ! と叫んだ。
ちなみに群馬は3県に傭兵を派遣し、どこかがボロ負けしないようバランスを取りつつ、漁夫の利を狙っていた。
内部抗争(日本統一)にとどまらず、「リアル」にも飛び火した。若き彼らは強盗集団化して近隣の村々を襲い始めたんだ。トラックやトラクターを盗み、土地や人民を支配し、奪取村の建設を夢想した。
村どうしも連合を組み、村から郡、州とその規模も大きくなっていった。
お互いに武装が強化されていき、ロケットランチャーなどで襲撃しあうという、ちょっとした内戦状態に。CIAに殺されたやつも何人かいた。コロンビアは完全に国家破綻し、日本にもアメリカや国連から外交圧力がかかった。
わざわざ日本からイオンを移築し、プリズンとして要塞化したのも村人の襲撃から守るためだ。もちろん、俺たちが送った。
額に「泥」の入れ墨を入れるようになったのもこの頃からで、村人からの要望だ。お互い、かんたんに区別ができたほうが良かったしな。
まあ、最終的にはプリズン対コロンビア1国となり、それによりコロンビア人のナショナリズも喚起された。多少なりとも現在まとまっているのはそのおかげ、と言えなくもない。
そうこうしているうちに7人が生き残り、やっと戦力が均衡。長く凄惨な争いが止まった。片手間にやってた、コロンビアとの戦争も停戦になった。
そこで運営は事前の計画どおり、間髪入れず、彼らを卒業させた。
それぞれに称号、二つ名を与えて。
チャッピー? とっくに殺されてるよ。けっこう序盤のほうで。
次に鈴木友蔵や浦上などの人材を揃え、規則を整備し、再スタートを切った。それが18年前。
現在、コース設計にはスーパーマリオのエンジニアと、ブラジル版サスケのディレクターがかかわっている。過去の反省を踏まえ、モーターサイクルやロードバイクの関係者はできるだけ排除した。
そう、今では自転車なんて使わない。自転車だと難易度が高すぎて、すぐ死んじゃう。テレビの尺の問題だよ。瞬殺などと喜ぶのは最初の1回だけで、すぐに客もスポンサーも逃げてしまう。嘘か誠か、誠か嘘か、その辺のさじ加減っての腕の見せ所さ。
どうだい? ずいぶん人道的になっただろ?
以上の歴史を経て、自転車を使わないレギュレーションになった。




