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カケルが成す THE BIRD  作者: 荒巻鮭雄
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2. セルジオとの出会い

セルジオ本郷。川崎FCのスカウトである。

5年前、小学校に巡回コーチとして来たセルジオに、カケルが弟子入りを志願した。ボールをバーに当て、跳ね返ったのをオーバーヘッドシュート。それを見た瞬間、少年は土下座をしていた。


セルジオはポケットからウィスキーを取り出しグビグビやりながら、なんだこのガキは……、という目で見ている。

7世代くらい遡れば日系ブラジル人とも言えなくもないが、日系というアイデンティティは皆無だ。選手として来日し、引退後に川崎FCでスカウトになった。といっても、ブラジルから外国人選手を引っ張ってくる専門だ。実際に目が利くゴールデン・アイは彼の妹の旦那で、その義弟が送り込んでくる選手を、さんざん吹っ掛けて、もったいぶって渡すのが仕事である。


「おいおい、これはジャポネーゼ土下座ってやつかい? 俺が腹切りしろっていったらするのかい?」

カケルは即座に答える。

「ハイ! 前向きに善処させて頂きます!」

セルジオは視界の端でカケルを睨みつけ、ちょっと微笑んだ。

「ヒューッ 何を言ってるか分からねえが、面白そうなガキだ。そこはな、いったん持ち帰り両親と相談しますって言っときな。ココに行け」

とパンフレットを渡す。


カケルが天才なら、セルジオもまた天才である。まあ、目ん玉を見ればサッカーが上手いかどうかなんてすぐに分かる。川崎FCと繋がりのあるジュニアサッカースクール(有料)の入会を勧め、その日は帰らせた。カケルが入会したので、セルジオは紹介料として3,000円もらえた。



セルジオとの出会いはたったそれだけだったのだが、カケルは弟子にしてもらったと言い張る。そのたびにセルジオは無視したが、無言のエールと受け取ったカケルは、更に師弟関係を強く意識するようになった。

U-12の選抜試験にも受かり、U-15にも内部昇格した。すべて彼の自助努力のたまものである。


そのたびに満面の笑みでセルジオに報告に行くが、無視される。

(重いよジャポネーゼ……)。セルジオは更に酒を煽る。



クラブハウスで、ユース(U-18)の来期構想についてのミーティングが行われた。ジュニアユースコーチの武田が話を切り出す。

「ジュニアユースからユースへの内部昇格は、トオル君1人のみにしようと思います」

「えっ? 1人だけ? それにカケルは?」 とGMの藤田が尋ねる。

武田は、「ああ、それがですね。ユースの田中コーチから断れまして……」

「なんでよ? 成績、実績も申し分ないでしょ。性格に難はあるけどまだ中学生だし……」

「まあ、そうなんですけどね。チームとしての方向性というかビジョンというか……」

「あー、そうです。戦術の継続性って大事でしょ?」

「それはそうだが」

「カケル君がいると、「チーム・カケル」「戦術・カケル」になっちゃうんですよ」

「プロなんだからそれでもいいだろ。選手なんて毎年入れ替わるわけだし監督が変われば戦術もがらっと変わる」


「田中コーチが言うには、彼の強烈なアイデンティティが、チームを支配してしまうんだそうです。分断されるんですよ。戦術や連携が。彼がいないと、チームが抜け殻のようになってしまう。食いつぶされてしまうと。

しかも彼はトップチームすら踏み台にしか思っていません。海外からオファーがあれば、たとえ優勝や降格がかかっている状況でも余裕で出ていきます!」


「私も以前から腹に据えかねていて、U-15だけでなくU-18のメンバーさえも、カケルのロボットみたいになっちゃてるんですよ。自分の意志でプレーできない。かろうじて自我を保っているのはトオルくらいです。社長や監督、強化部長もそれを聞いて、じゃあ要らね、と即断されました。もはや総意です!」


それを聞き藤田は、深いため息をつく。

(ナイーブすぎんだろ。っていうか、なんで高校生が中学生に支配されてんだよ。だいたい、チームの長期的なビジョンといったって、セルジオが連れてくる外人頼みのクソサッカーじゃねえか。似たようなもんだろ……)

「飛び級でU-18の日本代表にも呼ばれた選手だぞ」

「だから、1回しか呼ばれなかったでしょうが。選手どころか全国の指導者にまで、扱いきれないって悪評が轟いていますよ! 買い手もレンタル先も付きません」


クラブチームなんて才能があるやつに来てもらってなんぼだろうが、と藤田は思う。育成や指導方法なんてどこも変わらん。アオアシを読めばサッカーの99%は分かる。ただ、100の選手はまずいない。歴代の日本人選手でも18歳当時の小野伸二、38歳当時の吉田豊、それに……、まあいないのだ。あなたは神龍シェンロンを見たことがあるか? ないだろう。カケルは半世紀ぶりに現れた、100に到達する可能性を秘めた選手である。


クラブなんて監督が試合に使うかどうか、そこで勝手に伸びた選手が残るだけの話だ。オファーが全く来ないなんてこともあり得ない。

(それよりも俺の出張中に勝手に決めやがって……。ああそうか、仕方ない。あいつの息子だもんな……)。


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