19. メンタルトレーニング
他に、浦上厩舎独自のトレーニングメニューもある。
リビングに、電話機が10台ならんで設置されている。
1本の電話が鳴った。
囚人(馬)のひとりが1コールで電話に出る。
「おまたせしました。担当の太田です。ご用件をお伺いします。はあ、マジっすか? えっ? マジっすか、はあ、はい、はあ、申し訳ないっす……」
と、ぺこぺこ頭を下げている。
先ほどから気付いてはいたが、ずっと受話器を握りながら土下座して、「ご勘弁を……ご容赦を……」とブツブツ言っているやつもいる。
浦上厩舎では、クレーム処理のテレワークの仕事を下請けしていた。様々な会社と契約しているため要件は様々だが、とにかく話が通じないやつからの電話が転送されてくる。
電話オペレーターの福利厚生、ストレス軽減、離職率を下げるために依頼は後を絶たない。請負金額は、1本あたり1万円である。そのくらいキツいクレーマーぞろいだ。
電話を受けた側も、相手が何を何で怒っているのがさっぱり分からない。こちらから電話を切ることは許されない。相手が話を終わらせ、電話を切ってくれるまで耐えるのがルールである。
他の馬たちが、なぜこんな理不尽なことを受け入れているのか不明。きっと「ぶん投げる罰」でも受けたんだろう。カケルは暇を見つけては浦上にぶん投げられて楽しんでいるが、常人であれば死と隣り合わせの懲罰である。
しかしながら、これは精神的に鍛えられそうだ。貴様が最後の砦であると、叩き込むためのトレーニングにもなろう。浦上の手腕にカケルは感服した。
カケルも卍ポルシェから指導を受けた。ヤバい、ウケる、マジで、の3つを繰り返すのが、一番勝率が高いらしい。押忍、押忍です、押忍っすか~など7種類の押忍も教わり、鋼のメンタルを手に入れた。
練習しようが対策しようが、本番で力を発揮できなければ意味はない。一瞬でも弱い顔を見せれば、襲われ、喰われる。それがここプリズンなのだ。
「これで何とか、レースで戦えそうだ……」
自転車のレースがあるんでしょ? その対策とかトレーニングとか教えてよ、などとカケルは言わない。
浦上や卍ポルシェの行動を見ていると、ほとんど1日中、今まで死んでいった「馬」たちの供養や墓場の掃除などしている。
調教師なのか坊さんなのか、どっちが本業か自分でも分からなくなっている。
「ハゲでもあるが、坊主でもある……か」
(こんなところで真人間が頑張ったところで、せいぜいそのレベル止まり。もはや死んだも同然だな)
墓前で読経を終えると、浦上は独り言をはじめる。
「俺たちは無力だ。馬のバネを巻いたり、ネジを抜いたり 曲げたり。そのくらいしかできることは無い……」
後ろに控える卍ポルシェは、それを黙って聞く。
「最初の内はトレーニングさせて、なんとか生き残れるよう努力していた。けど、むなしくなっちゃってね。コースも直前まで分からないし、対策や準備も意味がない。下手にクリアしちゃうほど、難易度も上がって死ぬ確率も上がる」
「あと、運営に遠隔で難易度設定をいじられることもある。エンターテイメントというか、お約束だから。間抜けな死に方をするほど、神回などとはやし立てられる。八百長はNGだけど、イカサマは横行している。最近は運ゲーですらない。台本まであるって噂だ」
「当初はレースの勝者、生き残ったやつが偉いとか凄いって感じだったんだけど、いかに間抜けな死に方をするかってのにみんな興味が移ってしまってね。馬主は所有者、厩舎からすればお客様。お客様の意見は絶対。それが神が作った世界。プラットフォームなんだ」
「でも勘違いしないでくれ。運営も別に、彼らたちを殺したいわけじゃない。馬がレース中の不幸な事故で、勝手に死ぬだけなんだ。観客はその悲喜劇に笑い、涙し、祈りを捧げる。悲劇的な死はロマンティックだ。それが他人ならね……」




