18. 厩舎入り
「今日から1年のうち、お前は9回死ぬ。それを生き残れば卒業だ」
言っていることがよく分からない。
「やっぱりお前、バカなのか? 見込み違いだったか……」
浦上は聞き流し、
「なんと、君に3億円で買い手が付いたんだよ。カマーラっていうアメリカのミセスよ。いるんだよ。スペックだけで買うド素人」
そういえば、船の中でいろいろな検査を受けた。体力や適性などを計るものだった気がしないでもない。
「運動能力検査票を見たけど、左足だけはセリエAレベルだね。でも右足はJ2レベルよ。こんなに偏ってるのはダメだなあ。バランス悪すぎ。でも基本は運ゲーだから気にしなくてOKよ」
これから、生き残りをかけたデスゲームが始まることは承知している。大貴から施設の概要は聞いていたが、話がとっ散らかしていて要領を得なかった。浦上からも情報収集せねばなるまい。
「まあ、いつ死んでもおかしくないから、その覚悟はしておくように。じゃあまた明日」
浦上は最初のレースで早々に死んでもらうつもりなので、明るく接した。
「あーそうだ、部屋とかメシとかは調教助手の卍ポルシェ(まんじ・ぽるしぇ)が面倒みてくれるから」
例のモヒカン頭が現れた。浦上の助手だそうで、俺様のことは卍ポルシェと呼べ、と力なく言った。
浦上が作ったキャラ設定を、いちおうマニュアル的にこなしているようだ。
本名は佐藤健吾。ド田舎の村医者の長男だが、頭が悪く跡目を継げなかった。裏口入学させる金もない貧乏医者が! と親をなじり、家出して海外を放浪した末、ここにいる。何の因果で……と悲観に暮れているが、親不孝のせいである。
その卍ポルシェが、寮まで案内してくれた。
監獄の大部屋から、ガチの馬小屋と聞いても違和感のない、ボロボロのアパートの一室に案内される。
それぞれに個室が与えられるが、共同スペースであるリビングで厩舎のメンバーが晩飯を食べていた。
「今は8人いる。君が入れば9人だ。丁度いいや、みんな、今日から入るカケル君です。よろしくね」
自分たちが置かれた状況を呑み込めている彼らは、誰も目線を向けない。もくもくとメシを貪っている。
「遠藤カケルです! よろしくお願いします!」
誰が一番弱そうか、品定めをしながら挨拶した。残るのは確率で決まっているんだから、レース関係なく消していったほうが早い。
翌日から、さっそく授業らしきものが始まる。
「調教といっても、スタートになったら出る。それを教えるくらいさ。出走ゲートで固まっちゃうのがいると、客も白けるじゃん。先日も馬券を買ったフェイスバッカのマザーファッキーバッカがブチ切れて問題になったんだよ。だから、3秒以内にゲートから出ないと銃殺ってなった。せめてそのくらいはしてくれよってあのバカが言うから」
「レースで一番大事なことは、泣かない、失禁しないこと。はい、壁に向かって1時間、復唱!」
「泣かない! 失禁しない! 泣かない! 失禁しない!」
みんな大声で復唱する。ブラック企業の新人研修そのままの光景である。「とんでもねえ所に来ちまった……」カケルも動揺を禁じ得ない。
途中、「ティーパーティーだぜ! ヒャッハー!」と卍ポルシェが奇声を発する。これもマニュアル通りなんだろう。
次に、遺書を書く。国語の時間だ。
次に、山や川に、できるだけ大きい石と倒木を取りに行く。体育の時間。
次に、自分の墓石と位牌を作る。図工の時間。
次に、念仏を踊る。音楽&ダンスの時間。
卒業すれば、東大でも慶央でも、どこの大学にも編入できる。
あとは何をどうするか、基本は自由だ。カケルは、奇天烈斎の像を彫ることにした。




