17. 浦上厩舎入門
入所から2週間、今日から浦上調教師のお世話になる。浦上厩舎の「馬」になるのだ。
カケルは、ぶん投げる罰を、懲罰ではなく前田日明式トレーニング法だと間違えて解釈していた。どの角度から落下してもケガをしないための練習だ。
子供をあやすのに「高い高い」をするように、カケルの父は3歳のカケルをぶん投げて遊んであげていた。最初プールでやったところたいそう気に入ったようで、またプールに連れていけとうるさい。近所の公園の砂場になり、それすら面倒なときは家の前の道路になった。4歳のころには板の間でもアスファルトの上でも難なく受け身を取るまでに成長した。
幼児虐待で警察に通報されることも多々あったが、その場で実演してみせ、幼児もキャッキャ言っているのを見せて帰らせた。カケルは警察官にも投げてくれとせがみ、10回ほど投げられて遊んでもらったが、そのせいで懲罰を食らった警官もいた。警察署の柔道場で半殺しといって差し支えないくらい痛めつけられたそうだ。
3点着地だとか、そんな基本的なものではない。衝撃を分散させる点では同じだろうが、華麗でもないしむしろ気持ち悪い動きで着地する。打ちどころが悪ければ痛いことは痛いのだろうが、それすら快感なのだろう。悦楽の表情でハアハア言っている。怖い。我が子ながら怖い。3歳児が理屈で考えてやっているわけでもないだろうし、父も不思議だったが猫みたいなもんだろうと思うようにした。父も父でいい加減な人間なのだ。
この受け身技はサッカーにもじゅうぶん生かされ、ジャンプした空中でチャージされ吹っ飛ばされても、ケガをすることもない。対戦相手はもちろんチームメイトからもケガしろ! と思われているカケルだが、一度もケガをしたことがない。
浦上のぶん投げる罰により折れた骨が正しい位置に戻り、呼吸法をマスターした。座学などせず、すぐに実践的なトレーニングに入るのもいい。カケルは、浦上をできるトレーナーだと認めた。否、幼少期の身もだえするような快楽を思い出させてくれた浦上に感謝していた。
「きゃーー! 何よあんた! お礼参り? お礼まいりなのね?」
浦上は激しく動揺し、後ずさりする。
「いや、調教師が7人いて、その中から選べるって聞いて……」
「えっ? うちの厩舎の所属になりたいの? は? 何で?」
カケルは土下座した。
「お願いします! 弟子にしてください!」
セルジオ本郷に続き、2度目の弟子入り志願である。
浦上の目がビー玉になる。鉛入りのビー玉が、暗く、鈍く光る。
(土下座している今なら頭を踏みつけ、殺すこともできる……)
浦上は片足をそっと上げた。
(これが厩舎に入るための試験ってことか……。やっぱり面白い調教師だ)
浦上にドラゴンスクリューを決め、ぶん投げた。
来るもの拒まず、去る者追わず、というのがプリズン厩舎の暗黙のルールである。7人いる調教師は猛者ぞろいであり、どんな暴れ馬が来ようが躾けるのである。腕の1,2本を折ることに躊躇する者はいない。
監獄長の鈴木友蔵も浦上も、カケルを受け入れたくはない。しかし、「クレームを上司に上げてはいけない」というのもブラック企業としての常識、掟なのだ。
カケルに投げ飛ばされ、床に顔面を直撃した浦上はすくっと立ち上がり、
「まあいいでしょう。せいぜいがんばりなさい……」
鼻血をぬぐい、肩を震わせながら部屋を出て行った。
「ありがとうございます! 一所懸命がんばります!」
浦上は、他の調教師にカケルを押し付けようと四方八方に手を尽くしたが、そんなに優秀ならお前が育てりゃいいじゃねえか、とあやしまれ断られてしまった。
(こうなったら仕方ない。できるだけ早く殺そう……)




