15. 回想
カケルがコロンビア行きの船に乗る前、川崎FCのGM、藤田から手紙を渡された。
カケル君。君は気づいていないようだが、特殊能力、イーグルアイを持っている。
空間認知能力が高いとか、鳥瞰という。サッカーのテレビ中継やゲームのように、空から全体を映すように全体が見渡せる。
ピッチに居ながら誰がどこにいるか、君だけが正確に把握できる。それってすごいことなんだぜ。普通はできないんだ。
またその能力は、君の父親から受け継いだものだ。一騎当千なんて言葉もあるが、彼は一騎三万弱と呼ばれていたよ。本人は3万強と言い張っていたが、29,400って微妙なスコアでね。とにかく残念なやつだった。
それはともかく、そいつの息子である君は11対11人のサッカーなんて、フィールドが狭すぎるね。
コロンビアはいい国だ。特にプリズンはね。
じゃあ、バイバイ(@^^)/~~~
「イーグルアイ?」
カケルは出航する前に手紙を読み終え、くだらねえと思って海に捨てた。というか、藤田の目の前で読んで捨てた。
「中二かよ……」
カケルが失笑すると、藤田は顔を真っ赤にして去っていった。
「ホークアイの俺を、あそこまで舐めるとは。血は争えないもんだねぇ」
藤田の口元がゆるむ。
川崎FC、ジュニアユースのチームメイトだった武田トオルは回想する。
サッカーはボールを奪った瞬間、守備から攻撃に切り替わる。逆もまたしかり。
攻撃に人数をかければ、そのぶん守備の人数が減る。人数が減れば局地的にスペースが生まれ、そこに誰かが走りこんでパスを通せば、得点のチャンスが生まれる。カウンターとか裏抜けというやつだ。
べらぼうに足が速くて、シュートが上手いストライカーがいれば、どのチームにも余裕で勝てる。それがボクさ。当時、1試合平均で3得点を挙げてたよ。リーグでダントツの得点王だったね。あの記録はいまだに破られてないんじゃないかな。
カケルからはいつもド下手くそって怒られてたっけ。でも、シュートなんて10本に1本くらいしか入らないんだ。統計的にそんなもんさ。相手のディフェンダーやキーパーは全力で止めに来るわけだし、だいたいあの辺ってドカーンって蹴るだけさ。あはは。
カケルのアシスト数も記録として残ってると思うよ。でも、僕の得点の10倍の数のパスを出しているわけで、それだけの罵詈雑言をチームメイト、特にボクに浴びせかけてたってことだろ。今思うとひどいね。あはは。
裏への抜け出しも、タイミングが合わなければオフサイドになってしまう。
カケルは、必ず最適な場所にパスを出す。そこに到達できなければ、ボクが悪い。でも、いつも届くか届かないか、ギリギリのところにパスが出るんだ。思いやりとか愛がないよね。どうしても点がほしい、ってときだけ利き足である右足にドンピシャで来る。やろうと思えばできるんだよ。あと、感じろ、とか、あはは。無理だっつーの。俺はお前をいつも見ているとか、完全にストーカーだろ。キモいって。
人格をえぐるワードチョイスのバリエーションも多彩で、ひどい中傷発言は聞くに堪えなかったよ。あいつの罵倒に心が折れず、正気を保っていたのもボクくらいじゃなかったかな。
もしかして? うん、ファルコンアイっていうんだ。シュートコースが見える。ズルだと思われるから秘密だよ。あはは。
彼はのちにセリエAや日本代表で活躍し、アジアのハヤブサと呼ばれる。
川崎FC、ユースコーチの篠塚鉄平は回想する。
カケルのヘイト発言は相手チームにも及んだ。静岡市・清水区のチームと対戦したときは、事前のリサーチから「駅前がさびれているらしいな」「三島市から見える富士山が一番きれいだな」とつぶやく。それを聞いた相手選手は激怒し正気を失い、カケルを殴り一発退場となった。
ピッチで選手同士が何を話してるかなんて、こっちは分からんから。試合後にそれ聞いて、そりゃひでえ、って思ったね。殴られて当然だよ。
やつは挑発し敵を引き寄せる、釣り野伏という薩摩藩秘伝の技を、誰に教わることもなくマスターしていたんだ。
ディフェンダーが前に釣り出されるため前方に広いスペースが生まれ、カウンターがバシバシ決まる。まあ、普通はトライアングルを作ってパスやドリブルで相手の陣形を崩すんだが、カケルは罵声や挑発、味方選手を特攻、自爆させたりとひどいんだ。審判も多少は注意するんだが、ゴールという結果と技として完璧に成立しているのを眼前で見ると容認せざるを得ない。
チート技だが、不正行為でもない。俺たちコーチにもそう説明し、文句を言わせなかった。ずるいのか汚いのか、審判も俺たちも判断がつかなかった。ピッチから離れれば、おかしな言動をすることはない。礼儀正しく、もの静かな優等生だ。あとさ、あいつレッドは1回も貰った事ないんだぜ。プロの殺し屋だよ。
ぶっちゃけ彼がいれば、監督もコーチもいらないんだ。
あの年はタイトルを総なめにしたけど、俺は何もしなかった。ただカケルを使っただけさ。カケルはまさに司令塔で、陣形の修正はもちろん何人で何回チェイスしろとか守れ、当たれ、スピードの上げ下げとか勝手にやる。実際は食え、待てとか言ってて犬のしつけみたいだったけど。
悔しいことにその指示がまた的確なんだよね。コーチングどころか2~3人に試合中に熱血指導してたりもするんだ。その間は数的不利になるんだが、その間に取られた点はきっちり取り返すし何だかもう分かんねえよ。
U-15日本代表の海外遠征でも、一夜漬けで煽り言葉だけ暗記し、外国人選手にも存分に披露したそうだ。試合は大荒れ、イエロー、レッドカード合わせて20枚が出された。大勝したが試合後、国際問題にまで発展したんだ。
悪口の単語数が日本の3倍ある国の選手でさえ、こんなに口の悪いやつは見たことがないと舌を巻いたってよ。むこうの国じゃ大うけでよ、ちょっとした伝説みたいよ。
うん、カケルは既に、ワールドクラスだったんだ。
15歳にして萩本欽一と並ぶほどの、イジメ芸の達人。レースには勝つけど馬を壊すジョッキーみたいって言ってた人もいたな。極限まで能力を引き出すけど壊してしまう。この業の深さ、底が知れないよね……。
カケルの深層心理は、回想する。
セルジオやコーチたちへの恩?
そりゃあるよ。でも、教わったのは10歳から12歳のとき、基本的なことだけだな。それ以降は、それを忠実に守ってきた。誰よりも忠実に守ってるさ。まわりが忘れていくだけで。
コーチは教えていないとか、言うことを聞かないとか思ってるかもしれないけどね。自分なりに考えて、ひたすらブラッシュアップしてきたよ。
まあ、人のふり見て我がふり直せっていうじゃん。バカや間抜けはそこらじゅうにいるから、終わってんな、とか、ああはなりたくねえな、とか、そっちから学ぶ方が大きかったかもね。人の話は素直に聞いてるよ。正しく聞いてる。
勝負である以上、勝たねばならない。スコアや数字が出る以上、1番を目指す。カテゴリーがあるなら、その最上位を目指す。タイトルも獲る。そこにたいした意味はないのかもしれないが、世の中の仕組みはそうなっているらしいから、そうするだけ。能力的に自分は出来るのだから。
シュートだって俺が決めたほうが手っ取り早いんだよ本当は。でもそれだとワンマンチームって言われちゃうだろ。だから周りの選手も上手く見えるように動かすし、相応の活躍もさせている。
嫉妬や悪目立ちするのも、恫喝や暴力で抑え込める、黙らせることが出来るなら問題ない。そもそも雑魚など眼中に無い。分別や身をわきまえるのはどちらの方か、ちょっと考えれば分かるはずだ。人間とチンパンジーのDNAは99%同じ。1%の違いでこんだけ変わる? と思うが俺とあいつらはそれ以上の差があるからね。エテ公どころかナマコくらいの下等生物だ。いつもサボることしか考えてないから許せねえ。
とにかく、俺のベクトルは常に俺に向けている。俺にガタガタ言ってくるやつに限って、自分を見失ってるんだよ。
葛藤や共感など、俺には無縁のものだ。ルールや制度が原理原則からして間違っていても、盲目的に従う。バカどもと俺は、同じ価値観を持ち、その間の争いに意味はない。俺は周りと、世間と、同調している。俺は、協調性のある人間だ。ただ、日本選手でプレイヤーと言えるやつはまずいない。99%は駒や置物ってレベルだよ。だからセリエAに行かなきゃ個VS個の戦いはできないだろう。
相手選手のシャツを引っ張ったり、足を引っかけたり、肘打ちを食らわせたり、そんなことはいつでもできる。相手が俺にファールしようとすれば、それもすぐに分かる。
なので、報復の場合のみ、そういうセコいファールをすると決めている。でも、俺は食らわない。だから一方的に相手を痛めつけることになる。
ネタバレすると、柔道で言えば空気投げとか隅落とし、浮き落としってやつさ。タイミングと体捌き。バランスを崩してやれば吹っ飛んでく。たいがいは肩やケツなら正当なチャージだし、相手とボールの間に身体を入れたり、ちょっと接触したり、勢い余ってぶつかっちゃったり、何だったら相手に触れずに投げ飛ばすことだってできるよ。「あッ」とか「わッ」って言うだけで転ぶから。ね、反則じゃないだろ。何でみんなやらないのか不思議だよ。
事前に、今オレの足を蹴ろうとしたな? 次やったら殺すぞ、くらいの警告も出している。痛めつけたあとも、口頭でしっかり説明している。反抗的な態度を取るやつには分かるまでやる。2回目3回目は他のやつを転ばせて、主にサボっている味方選手だが体当たりさせる。ちょっとした工夫でいろいろできるさ。
ちなみに俺は、審判の位置や目線も把握できる。ちゃんと審判が見てないときにやるよ。
俺は、かなり手加減してやってるし、相手も納得しているだろうと思っていた。やろうと思えば、物理的に潰すこともできる。スポーツなので、当然そんなことはしない。精神的な支配をするわけでもない。俺は、ことの分別ができる男だ。
「釣り野伏せ」という技? ああ、簡単だよ。ヒョロヒョロのやつとかブルブル震えてるやつとか骨折してギプスしているやつを配置しておくんだ。ああ、アニ研とか漫研とかの素人がいいな。そしたら、そこが穴だと思って相手も狙ってくるだろ? まんまと侵入してきたやつを囲んで刈るだけさ。
サッカーは位置取りの奪い合いだから、相手を動かす、止めるってのが基本なんだ。相手より有利な陣形、数的有利を作って、タイミング良く刈り、ボールを前に運ぶ。
最近は「ちょっと待て、カケルの罠かもしれん……」って勘違いしてくれるんで更に色んな策をやりやすくなった。でも相手が攻めてこないんだからゲームにならねえよな。
口で言っても痛めつけても、1回じゃ分からんバカもいる。終わってんなって思うよ。
たかがサッカーに何を投影させてんだよ。クソが。
金や名声ではない。人間は、人生は、サバイバルだ。
たまに無性にむなしくなる。そういう時だけ、少しだけ父親のことを思い出すんだ。




