14. 前田式トレーニング
「……、んッ……、んぐッ……、あーーー! ハッ! ハッ! ハッー! あああああ、息が止まってた! 息ができなくて死ぬとこだった! ハー! ハー!」
これは精神力ではない。窒息死する恐怖が、身体の痛みを上回った。
「おっ、もう1回行きますか。そうでなくてはなりません。今日の私、肩の調子も良さそうですので。そういえばお怪我をなされていましたね。私も鬼ではありません。土下座して謝ったら、あと2回で勘弁してあげますよ」
「ま、待て! 今のは3回転半だったよな?」
「うふふふ。意識が混濁しているようですね。もう1度行きましょう」
浦上はカケルを持ち上げ、壇上に戻る。カケルはなされるがままで声も出せない。
「元気に死のう! 若者なのだから! ふんッ!」
澄み切った空中の世界。
(1回、2回、半……。2回半?)
どかッとケツから落ち、尾てい骨を強打する。その衝撃で骨折した箇所が軋み、周辺の肉を痛めつける。折れた骨がもし内臓に刺されば、と想像するだけでおぞましい。
「んハッ! んハッ! んハッ!」 声が出せない。浅い呼吸を繰り返すだけで精一杯だ。
「はい次。息をしている間、続きますからねぇ。この懲罰、死因のほとんどがゲロか吐血による窒息死です」
しかし、すぐには投げない。浦上はにこやかな顔で、不思議な踊りをしている。
これも、マナー教師と一緒に考えたキャラ設定である。彼は中学生のころ、ガミガミと1時間にもわたり説教されたことがあるが、間がないとただ耐えるというか終わるのを待つだけになってしまう。私がそう感じたように、あんな説教はド下手くそだと断罪せねばならない。
「痛みからある程度回復してからでないといけません。1回1回、ちゃーあんと痛覚を与えるです。相手に考える余白を与えるのです。恐怖を感じ、絶望し、悔い改める余白を与えるのです。懲罰とはそういうものです。私のようにエレガントでなくてはなりませぬ」
カケルは浦上を睨め付ける。
「ダブルアクセル(2回転半)? はあ?」
カケルは、この懲罰をする側の技術の未熟さに怒りを覚えた。
「サボってんじゃね?」
カケルの特殊能力、イーグルアイが発動した。
彼自身が、バックチャージ(後方からの体当たり)のプロなのである。サッカーで、味方がサボっていれば容赦なく痛めつけてきた。試合中でも関係なく、審判から注意されれば、審判に対してもやった。審判のいる方にボールを捌き、あたかも審判がプレーの邪魔をしていたように見せかける。レッドカードを事前にパクっておくこともあった。
潰さず痛めつける。これが彼の流儀だ。できるだけ痛めつけ、それでいてケガはさせないという高等技術を身に付けている。
どこをどう蹴れば何回転してどこで着地するか、相手のクセやピッチ状態なども考慮の上、完璧に計算し、丁寧に行っていた。
なので自分が投げられたとしても、受け身など造作もない。物理的な衝撃、打撃ショックも、不意打ちで食らわない限り問題ない。今回は骨折した箇所、身体の内部の痛みなのでどうしようもないだけだ。
「ダブルアクセル(2回転半)ってさあ、舐めてんの?」
「なに言ってるのこの子! キャー! 怖い! もういいわ! 死ぬまでぶん投げてやる! うりゃッ! フンッ!」
浦上は恐怖におびえ、無心で投げた。投げ続けた。
3回転ループ…
3回転サルコー…
3回転トウループ…
3回転ルッツ…
うーん、凡庸な選手だなぁ。J2クラスだわ。痛みにもだいぶ慣れてきた気がする。
「10回目! これが最後よ!」浦上の目が座っている。彼にもう自我はない。フンッ!
渾身の投擲。カケルの身体が大きく宙を舞う。ズラも飛んだ。
「1,2,3,4……、クワッド・アクセル(4回転半)!!!」
「やればできるじゃないか! このハゲ! セリエAだ!」
何を言っているのか分からないが、反省していないことは確かだ。浦上は、考えることをやめた。顔面蒼白のままズラを拾い、無言で教室を出て行った。
大貴が駆け寄ってくる。
「おい、大丈夫か? ロキソニン飲むか? 医務室に行くか?」
「ん? モブ野郎……大貴か……。ああ、大丈夫だ。これは前田日明が弟子にやったっていう受け身の練習法だよ。ロシアの選手は投げ技でヤバい角度から落とすっていうんで、どう落とされてもケガしないようにっていう……」
だいぶ意識が混濁しているようだ。大貴も困惑する。
「それより、何度も投げられているうちに、折れた骨が正常な位置に戻った気がするよ。おお、人体の神秘だね。アメージング……」
と言って、カケルは意識を失った。
「大丈夫かカケル! 死ぬな! 死ぬな!」
大貴は人工呼吸をし、胸を押す。何度も唇を重ね、何度も胸を強く押す。泣きながら、死ぬな! と叫ぶ。
約3分後、得も言われぬ嫌悪感で目を開けると、大貴にキスされ喉に生暖かい空気を送り込まれている。泣き崩れた見にくい顔。折れた箇所が激しく痛んだが、瞬時に起き上がり大貴を殴打した。




