12. 監獄長
<監獄長室>
カケルは、清濁併せのむタイプである。媚びるべき相手には徹底して媚びる。
ここプリズン(自転車泥棒監獄)では、監獄長が絶対的な権限を持ち、いくら成績が優秀でもコネが無ければ就職できない。ロードバイクのプロチームにコネを持つのは、監獄長だけという噂を耳にした。正義か悪か、己の感情などは二の次である。忠誠をつくす相手を間違えない。それこそが彼の最大の才能かもしれない。
監獄長・鈴木友蔵は内閣調査室の服部から新規受刑者の説明を受けていた。
「4296番、遠藤カケル……。
彼は運動神経や体力は申し分ないです。しかし性格に難がありまして……。まあ、トラブルメーカーというか、周りを巻き込むというか事故させるというか……。地元ではけっこう有名らしく、彼の祖父や父親もいろいろやらかしてますね……。祖父は元横綱、父親は靴職人ですがイタリアで修行したと吹聴し、嘘がバレて炎上。歌舞伎や落語の演目のネタ元にもなってるらしいです。めちゃくちゃ優秀で有能なのが間違いないんでしょうけど、斎藤道三とか松永久秀、明智光秀みたいな……」
「なんだよそいつ。めっちゃ怖いな。アル中の医者に注射で殺させろよ。いや、無理だって。とんだモンスターじゃねえか。うちでは扱いきれないよ。俺だってもうすぐ定年だしトラブル起こして退職金もらえないとかマジ勘弁だよ」
監獄長は、石橋を踏んで踏んで踏みまくる。ガチほど慎重になるものだ、と周囲に説明し、極力、仕事をしない。競技用のハトの飼育に人生のすべてを捧げており、それ以外に何の興味もない。「最近アグレッシブだな」「根性見せろや」「分かってるよな?」だいたいこの3つで部下をコントロールしている。
プリズンでは全てマニュアル通りに運営されており、命令系統や役割分担など明確に規定されている。
新規受刑者への訓示も獄長の仕事のひとつなのだが、ヤバそうなやつには初めから会わないと決めている。君子危うきに近寄らず。入所者の9割は1年以内に死ぬし、それが早いか遅いかの違いだけだ。もちろんヤバそうなやつは、早め! と調教師に伝える。
カケルは、完璧にいい子ちゃんを演じ、周囲の大人をだまし切っていると思っていたが、祖父の代からバレバレで隠しようもないということを知らなかった。テストにより能力を数値化すれば、それはもうダントツである。たぐいまれな向上心や目的意識も、長所か短所か判別するのは主観でしかない。将来大物になりそうな、少なくとも大きな事件は起こしそうな匂いはプンプンする。と同時に、ろくな死に方はしないだろうとも思う。誰しも彼の器の大きさや未来を予想できない。
カケルは、雑魚が容易に近づいてこないのも、己のオーラやスター性のおかげかと思っていたが、他人には理解不能でミステリアスな存在だったからである。明らかにこいつが犯人なのに、証拠を残さない。反省や後悔といった態度をおくびにも出さない。
サッカーでこれだけの実力があれば、女の子にもモテモテのはずである。ルックスだってそれなりだ。それが、中学生どころか小学生女子にまで「あいつはヤバい」と認知されるレベル。モテるどころか、カケルと目があえば、膝から崩れ落ち動けなくなる女子もいた。微笑みを浮かべ手を貸そうとすると、たいがいは失禁か失神した。
カケルは女優か女子アナ狙いだったので同年代の女子にあまり興味はなかったが、自分は神レベルでモテていると勘違いしていた。
俺は常に完璧なのに、まわりのバカさが俺の予想を上回る……。
カケルはため息まじりに、天を見上げる。
大乱世ならともかく、平時である今、時代が彼を持て余している。




