11. モヒカンの男
話をプリズンに戻そう。
カケルは、港からプリズンまでのベリーハードなコース設定で死んでいったライバルたちを想い、(あいつら無茶しやがって)と、黙とうしていた。
チャイムが鳴り、ドアが開く。
「てめえら! 出ろ! ティーパーティーだぜ!」
ガリガリに痩せたモヒカン頭が立っている。見るからに喧嘩が弱そうだ。物理的に、暴力で勝てる。ティーパーティーというギャグも滑っている。カケルは一瞬でそいつを舐めた。
日本では捨て駒にできる人間が周りにたくさんいたが、ここでは一人である。こんな雑魚キャラに、出鼻をくじかれマウントされたらまずい。サッカーで鍛えた攻守の意識の切り替えや危険察知能力で、カケルはとっさに反応した。
「うるせーな! そんな大声出さなくたって聞こえてるんだよボケ! 殺すぞガキ!」
ファール覚悟で止めなければいけない場面もある。一瞬の迷いが命取りになるのだ。本能と言い切れるまで反射神経を高めなければいけない。安全マージンを完全に見切り、ギリギリの間合いやタイミングで捌く。プロと素人の違いはこのような場面でこそ顕著となる。超一流とその他を分ける一線でもあろう。
モヒカンの男は、バックパッカーをしていたがコロンビアで財布をスられ、一文無しになった。餓死寸前で絶望したところで現地のマーケットのおばちゃんに助けられた。自分の息子が財布をスッてきたのは褒めたが、外国人観光客が死ぬとさすがに警察も動く。そんな計算は1mmもなく、哀れみから彼を助けた。彼女は敬虔なクリスチャンなのだ。
しばらくおばちゃんの店(路上屋台)で物売りを手伝い、生かさず殺さず程度の食料と雨風が防げる程度のボロ小屋を恵んでもらっていた。
「安いよ安いよ。お前、買ってけ」という現地の言葉を教わり、それを一日中、通りすがりの客に小声で目も合わさずぶつぶつ言っていた。
数か月経ち、髪の毛もボーボーでガリガリにやせ細り、客も気持ち悪がって寄り付かない。おばちゃんもいい加減邪魔になり、プリズンの看守の求人を見つけて勝手に応募した。面接にも同行し、手練手管の交渉術でなんとかねじ込んだのだ。
採用通知が届いたときには、おばちゃんと抱き合い、一緒に泣いて喜んだものである。給料はおばちゃんに振り込まれ、3割抜かれることなど、受けた恩義と比べればどうでも良かった。自分にしてくれたように、貧しい者に施しを与える慈悲深い聖女だからだ。
入社書類に「なんでもします」「死んでも文句は言いません」とサインさせられたのが気になるが、福利厚生がしっかりしている優良企業だとおばちゃんに言われた。
入所者のしつけは最初が肝心だと、上司からレクチャーを受けた。見た目も重要だと、モヒカンにもされた。その通りやったらこの様だ。なんなんだよ、こいつ。
「あー、もういいや。案内するから」
急に声が小さくなる。
「おいてめえ! こっちはケガしてんだよ! リアカーあんだろ、あれ持ってこいよ!
乗せろよボケ! あー痛てえ! おー、折れた! いま折れた! 丁寧に持ち上げやがれ!」
モンスタークレーマーと遭遇というか、うんこ踏んだ気分。
財布をスられていらい、メンタルがズタボロなのだ。あーあ、異世界転生してえなあ、と小声でぶつぶつ言いながら囚人たちを講堂に連れて行った。
「プリズンには何人くらい在籍しているんだ?」とカケルが尋ねる。
モヒカンは聞かないふりをし、「もうすぐ監獄長が来るので、静かにするように」と言って部屋を出て行った。
後日談だがちなみに、このモヒカン野郎にロキソニンを毎日1錠づつ与え依存症にし、完全に服従させることに成功する。アメとムチの使い分け。勝負に勝ったあと、兜の緒を締めるまでが遠足である。油断して足元をすくわれるようでは二流と言わざるを得ない。




