10. プリズン入所試験レース
「入所試験はこれから始まるの? 昨日の地獄体験はなんだったんだよ?」
みんな文句を言っていたが、武装ガイドが向かう方向だけ指をさし、唐突に笛を吹く。スタートの合図のようだ。みなが混乱していると、空に向かい銃を数発ぶっ放し、銃口をこちらに向けた。
「いかん、とりあえず出よう」
しぶしぶとみんな走り出す。
ひとり逆走して逃げようとしたやつがいたが、武装ガイドに銃で撃たれた。
(残り18人か。同期は何人になるんだろう。時間制限もない様子だし、体力テストみたいなもんかな。細かいことを気にするやつは昨日脱落した。きっと転売目的の自転車泥棒に違いない。あいつらはクズだ)
確かに神経質な人間にはとうてい耐えられない状況だったが、言い過ぎだろう。
カケルは意気揚々と、真っ先に走り出す。
(なるほど、酸素が薄い。しかし日本では見たことがない雄大な景色! ちょっとテンション上がるな)
禿山の山脈を縫うように、片側1車線の道路が続く。
道路はろくに整備されていない。コロンビアはだいぶ前に財政破綻し、国境の峠道の整備などは放置されていた。民間の運送業者などが、自分たちが通れるだけの、最低限の補修をしているに過ぎない。ガードレールも無い。付けてもすぐにトラックが突っ込んで壊す。ドライバーが崖から落ちて死ぬのは構わないが、きりがないので諦めた。ドクロマークの標識を付けてあげただけ親切だろう。
スタートから5キロ過ぎたあたりから、ずっと登りだ。あー、確かにこれはキツイ。しかし、カケルは若きアスリートである。同世代のソシャゲやアニメばかり見てきたやつらとは圧倒的な差があるのだ。
「このままトップでゴールしてやるぜ! 俺はプロレーサーになる!」
セリフはかっこいいが、マシンはママチャリである。
軽快にトップを独走していたカケルだったが、自動車やトラックが立ち往生し大渋滞となっている。がけ崩れにより完全に道がふさがっているようで、そこで足止めを食らってしまった。
「ちくしょう、どうすんだよこれ」
あれこれ悩んでいるうちに、後続に追いつかれてしまった。
人数が増えても、なかなか打開案を出せない。迂回ルートもない。周りのトラックドライバーは野営の準備をしはじめた。数日はバカンスで過ごす様子だ。
武装ガイドはトラックでついてきていて、後方で待機している。彼らは何もしゃべらないが、逃亡犯は射殺しろという命令を受けているだろう。がけ崩れで通行不能という状況は把握しているだろうが、交渉できる相手ではない。どこかと無線でやりとりしている様子もない。
「おーい、ここからなら渡れるかも!」
崖をよじ登ったやつが、人間だけなら渡れそうだと言う。自転車は、崖の上から人力で引き上げる。みんなで協力して、受け渡していこうという結論に達した。
「まあ、これから共同生活するわけだし、協調性を見る試験なんじゃない?うん、きっとそうだ。これも試験官がどっかから見てるんだよ」
と、誰かが言う。
「あの武装ガイド以外にも俺たちを見てるやつがいるってことか?」
トップを独走していたカケルはチッと舌打ちしたが、そう言われると急に仕切りはじめ、あくまでもリーダーは俺だと、試験官が遠くから見ているだろうと大げさなゼスチャーを入れ、あれこれと指図しだした。
かなりの重労働に加え、カケルの態度に何人かはブチ切れたが、とりあえずここを越えなければ仕方ない。靴下に石鹸を入れて、寝ている時に腹をぶん殴ってやろうと心に決めて我慢した。
3時間ほどかかったが、全員渡れた。けっきょく、がけ崩れの場所から18人全員が再スタートという形に。武装ガイドは付いてこない。帰ったようだ。
トップで到着することにこだわっているのはカケルだけだったが、「お前ら自転車泥棒には負けねえからな!」と煽られると反応してしまうやつも出てくる。
ママチャリなのでたいしたスピードも出ないが、レースっぽくなってきた。登り区間はいったん終わり、延々と長い下り坂が続く。ブレーキは握りっぱなしだが、誰かに抜かれるわけにもいかない。長い直線になるとブレーキから手を離し、どんどんと加速する。未体験のスピードに、恐怖と快感、狂気の雄たけびを上げる。
後続の連中も叫びはじめた。
「ジェットコースターみてえだな! ヒャッホー! クレイジーだぜ!」
うす暗い山中の長い直線を抜けると急遽、山の斜面に出で景色が広がる。視界が急に明るくなり、遠くに雄大な山脈が見える。素晴らしい景色、差し込む光明に歓喜……
最高の景色とシチュエーションに、コースの把握が遅れた。ドクロマークの標識。右側は崖で、左カーブになっているようだ。ガードレールも無い。コーナーの先が見えない。
直線だったので、スピードもけっこう出ている。なんかヤバそう、ブレーキ、ブレ―、キ、キ。直感的に、減速が遅すぎたと感じる。
しかも、ブレーキが効かない!落ちる!オワター!
というのが第一話のシーンである。




