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カケルが成す THE BIRD  作者: 荒巻鮭雄
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1. 南米を翔る

現在、西暦2071年。大久保利通と岩倉具視が存在しなかった世界線にある。あなたが住む2021年から半世紀後のイメージとは若干の食い違いがあるだろう。

この時代の日本は封建制である。全国の大型ショッピングモール・イオンは要塞として改修され「城」と呼ばれる。そこには殿様がいて、1国1城の主となる。

藩により程度の差はあるが身分制度が隠然とあり、職業選択や引越しの自由もない。天皇は皇居におり、非常に独立性の高い約90ある藩を、ゆるやかな連合体の権威として統治している。

日本の人口は3000万人弱。1周回って中世、江戸時代に戻った感じだ。鎖国しているわけではないが、海外にポンと気軽に行ける状態ではない。


大久保利通と岩倉具視が存在しなかっただけで、ここまで世界線が変わるものだろうか? 

否、50年前、2020年ころまでは、さほど変わらなかった。では、50年前に何があったのか?

いやあ。想像もつかないね。



「おい! お前いまサボったろ! ふざけんな!」

ピッチの中央に君臨し、周りの選手たちを鼓舞する少年がいる。

「走れ! 挟め! 追え! プレス!」

遠藤翔カケル15歳は、創立100年、国内リーグ優勝12回を誇るサッカークラブの名門、川崎FCフロンチャーレのジュニアユース(U-15アカデミー、下部育成組織)に所属している。ちなみに川崎FCは現在、城を5つ持つ大名である憲剛家がオーナーのチームである。


夢はもちろん、プロサッカー選手だ。日本国内のJリーグなんてすっ飛ばし、すぐにでも海外挑戦したい。夢というより、現実的な目標といったほうが妥当だろうか。

じっさい、同世代でもスピード、テクニック、視野の広さなど抜きんでており、このチームのエースナンバー14番を背負う。体格はさほど大きくはないが、デュエルにもめっぽう強い。他チームからは戦略カケル、戦術カケル、大魔王カケルと陰口を叩かれ、恐れられる存在だ。


自己評価が無意味に高いというわけでもなく、彼は12歳頃から現在まで、天才サッカー少年として川崎だけでなく神奈川、東京あたりまでよく知られた存在だ。チームのキャプテンも務め、試合後の親御さんへのあいさつも堂々とそつなくこなす。周りの大人たちも大きなケガさえなければ最低でもプロにはなるだろうと思っていた。U-15日本代表の常連で、今年は飛び級でユース(U-18)の試合にも出させてもらった。


彼なら来年あたりにはプロ契約を勝ち取るかもしれない。アカデミーで一番の有望株、エリート、至宝である。



そんな彼が現在、南米コロンビアの峠道を自転車でカッ飛ばしている。


ドクロマークの標識が立っているのが見え、ハッとする。

「うおおおおお! 崖だ! あッあッあッ! あれは何かヤバい! ヤバそう!」

時速にすれば70キロくらいだろうか。道路の補修もここ20数年はろくに行われておらず、路面もガタガタだ。ガードレールも必要な場所、落ちたら死ぬだろうという場所にはほぼない。既に誰かに突っ込まれて破壊されているのだ。そんな危険なコーナーに、絶対に曲がれないであろうスピードで侵入していた。


カケルは道路にちょっとした亀裂を発見。そこに自転車のタイヤを引っ掛け、強引に曲がろうと試みる。しかし止まらない。むしろ逆エッジで反転し、柔道で投げ技を食らったかのように体が宙に舞う。とっさ、まだかろうじて持っていた右手のグリップを体に引き付け、空中で自転車をぶん回した。

思いがけず、というか本能的に取った行動だったが自転車を地面に叩きつけ、勢いを殺すことができた。しかし同時にハンドルのグリップエンドで胸あたりを痛打し、地面に叩きつけられる。何度か体が跳ね、スレスレのところで停止。崖からの転落は免れた。

全身打撲だが、落ちたら確実に死んでいただろう。痛みで動けない。生きているか死んでいるかも分からない。ほんの数秒だが、死をリアルに感じた恐怖で心拍数もマックスだった。



ここは南米コロンビア、ペルーとの国境ちかく、高度3500メートル。空気が薄く、ただそこに居るだけでも目まいがする。極限を超えた世界と、極限を乗り越えた直後の安堵。走馬灯が走る中、その場で気絶した。


なぜ彼が南米の山中で自転車なんかに乗っているのか。

そう、それは彼が「自転車泥棒をした」からである。ひたいには「泥」と入れ墨されている。


1時間ほど経ち、リヤカーを引いた2人組が到着。カケルにヤカンの水をぶっかけた。

目が覚めない。鼻をつまみ、口から水を送り込む。

「んガッ! ゲホゲホゲホッ! 殺す気か!」

2人組は顔を見合わせ、露骨に嫌な顔をした。

「あー生きてるわ。メンドクせえ」

死んでいれば崖につき落として本日の業務は終了だが、帰りの荷物が増えた。


意識は戻ったが、身体が動かない。ちょっと動くだけで激痛が走る。呼吸も苦しい。ここは高地だから……で説明できるレベルではない。生きてるけど死ぬ直前なのか? 動けないというのは、さっき死んでたほうがマシじゃないかと思えるほどの絶望を感じる。


眼球だけが動く。状況がうまく呑み込めない。吐き気がする。暑いような、寒いような……。

レスキューが来てくれたと思ったら、額に「泥」の入れ墨がある。自転車泥棒だよな。こいつら。クズ野郎! と叫ぼうとしたが声が出ない。「くッ……」更なる絶望の中、また意識を失った。



カケルは目を覚ました。ベットに寝かされ、腕には点滴が打たれている。

ちょうど近くにいた看護師が気づき、「ちょっと待っててね」と白衣を着た初老の医者らしき人物をベットに呼んできた。

「いやー、君あぶなかったよ。よく死ななかったね。裂傷に骨折がたぶん3か所、それよりも気管にが泥水が入っててさ、よく生きてるね。人間の生命力ってすごいね。とりあえずロキソニン出しとくから。痛み止めね。モルヒネ打つ? 死亡フラグ立つけど。いらない? ギプスとか松葉杖? そんなもんねーよ、あーはい、以上。動ける? あとは勝手に帰ってね」

そう言って三角フラスコに入った酒をひと飲みし、白目でぶるっと体を震わせた。酒というか、エタノールを飲んでいるのかもしれない。


この医者にも額に「泥」の入れ墨がある。

(こいつもクズか。なんなんだここは。まともな医者はいないのか……)

気管支が焼けるように熱い。

「あど、こごはどごですが?」

しゃがれた声で尋ねる。

「ここは自転車泥棒プリズンの医務室。イオン浦和味園店をそっくりそのままコロンビアに移築したものだよ。現在は監獄として要塞化されてはいるが」


とりあえずゴール地点というか、目的地には来たようだ。

担架に乗せられ、旧イオン2階のクソボロの大部屋に移される。運んでくれた看守は現地採用のコロンビア人らしく、日本語は通じない。

食事も出たが牛乳だけ飲み、目を閉じたらそのまま眠りに落ちた。


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