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御伽殺しの物語  作者: スカベエンジ
2/3

死に損ないの後始末

「体の傷は擦り傷と軽い打撲だから命に関わるものではないわ。けれど・・・」

ノワの乱れた前髪を優しく整えながら、村の医師であるシブラはルドに告げた。

「よかった、よかったぁ・・・」

ナオミは止めどなく溢れた涙を拭いながら、暖かな涙が頬を伝うのを許した。

灰に汚れたノワの頬を慈しむように撫で、小傷が痛ましい小さな手を握った。

「ここに居て大丈夫か?」

シブラはルドの問いかけに首を横に振った。

「わかった」

ルドは診療所のベッドに寝かせられていたノワの体を持ちあげ、その場を後にしようとした。ルドに抱かれた意識の無いノワの手はだらりと力無くはだけた。

「どうして!?ノワは安静にしてなくちゃいけないんじゃないんですか?」

驚いたナオミはシブラに詰め寄った。

「貴方も一緒に来なさい。これは、私たちみんなにとって必要なことなの」

ジブラの冷然とした声に、ナオミはそれ以上問うことが出来なかった。

「ナオミは敷き布を持ってきてくれ」

ノワを抱いたルドが困惑するナオミに告げた。

ナオミはベッドの上のノワの温もりがまだ残っている敷き布を巻き上げ、部屋を出る3人に遅れまいと続いた。

コツ、コツ、コツ。

作業小屋の中の村でただ一つの地下室へと続く階段を3人は下った。

「ごくろうさん」

ルドが牢屋の番をしているひげの男に声を掛けた。

「ノワじゃねぇか!やっぱ、ダメだったのか?」

「!!」

ナオミの背がびくりとなった。

「息はしてるよ」

シブラがひげの男に答えた。

「じゃあ、どうしてこんなところに?」

期せずしてナオミの疑問をひげの男がルドとシブラに問うた。

「そいつは・・・」

『-ブラッドステインド』

牢の中から男が答えた。

それは「虫」に襲われた鶏舎の中からノワと共に生還した鎧の男だった。

この鎧の男は村の者ではなく、来訪者として招かれた者でも無かった。

「こいつ!!」

ひげの男が手にした斧を鎧の男に向けた。

「・・・俺じゃあ無いだろ?先に始末しなきゃいけないのは」

「やめろ」

ルドは鎧の男が入っているとなりの牢にノワを寝かせた。

ナオミはまだ意識の戻らないノワの傍らに座り、ルド達の言葉に耳を欹てた。

「こいつに手当はいらないのか?」

シブラは牢の中の鎧の男を眺めた。

「必要ない」

ルドが毅然と答えた。

「随分だな」

ルドの様子を訝しみながらシブラはなお鎧の男を眺めた。

鎧の男はたらふく灰をかぶせられたようで、全身が白く燻っていた。

鎧の男の腹部は、鎧の装甲が引き裂かれ、生身の肉体から溢れたはらわたがぶら下がり、

時折ピュッ、ピュッと裂けた肉の合間から微かな血が吹き出している。

「腕がなるがな」

シブラはそう言って鎧の男の牢に背を向け、ノワの側に立った。

「ヤツの言うとおり、ブラッドステインドが進んでいるかも知れない」

「せっかく助かったというのに・・・」

諦観と苛立ち。

相殺出来ないもどかしさにひげの男は自らの髪ををわしわしと乱した。

「ノワが目を覚ます前に、俺が終わらせる」

ルドは腰に革袋から短刀を取り出し、ノワの側に片膝をついた。

短刀の切っ先がしゃらりとノワの喉元を向いた。

「嘘でしょ?ルドさん!終らせるってまさかノワを殺すってこと?

今夜の灰撒きの当番はノワだけど、「虫」が入ってきたのがノワが灰を撒き忘れたからかどうかなんて分からないじゃ無い!ノワはいつだってしっかり者で、ちび達の面倒だってよく見てくれて、さっきだって自分の責任かもしれないからって自分が「虫」を退治するって、それで私が持っていた灰を、自分が、ノワが、あ、うわぁぁぁぁ」

ナオミはルドに問いながら、理不尽な結論を下そうとする大人達の冷然とした瞳の奥底に救いを求めた。しかし彼らの瞳には、けして覆すことなど出来やしない悲壮があった。

だが涙と絶叫が絡みついたナオミの叫びは、短刀が友の命を絶命に至らしめるその時まで怯まぬであろう。

「あんな、あんな大きな「虫」、近くの森にはずっと居なかった。

きっとこの男が「虫」を鶏小屋に呼び寄せたに違いないわ。ノワが悪いんじゃないのに、どうして、どうしてぇ!」

ナオミはあの時あの場所で「虫」に襲われた直後、ノワを置いて一人で逃げた自分が許せなかった。だからあの地獄から生還したノワが一切の弁解の機会を与えられることも無く、村の糧である家畜に損害を出した責任を取って命を奪われそうになっている現実を見過ごすことだけはしたくなかった。

「誰かが責任を取らなきゃいけないと言うなら、ノワに死ねって言うのなら、私が代わりに死ぬわ!だから、ノワを殺さないで」

灯りを背にしたルドの瞳は闇に魅入られたかの如くに暗く、底知れない。

小さな寝息にノワの胸が弾むのをずっと深い闇から見つめているのだ。

ナオミの言葉はルドの覚悟を揺らがせるものではなかった。誰かがやらなければならないことが、善や正しさで割り切れるものではないことなど、幾年月を経て骨身に沁みているからだ。だが年端もいかぬ少女達が贖い、背負ってゆくにはあまりにも酷な現実への怒りが、やるせなさが、短刀の切っ先を鈍らせた。

わずかな逡巡を経て、理不尽の執行者は鋭い刃を振るった。

「-あ゛、あ゛、あ゛、っ」

溢れる深紅の血が迸り、刃は少女の肉を裂き、骨を刻んだ。

「ナオミ!」

シブラがナオミに駆け寄り、すぐさま彼女の掌をたくし上げ、手首を絞った。

ナオミの掌にはルドがノワに差し向けた刃が突き刺さっていた。

ルドがノワの喉元目がけ短刀を振り下ろした刹那、ナオミは自らの肉体をもってノワに下された理不尽な刃を受け止める盾となった。

ナオミは悲鳴を上げなかった。

激痛に咽び声を漏らしたが、鋭い眼差しはルドをノワから遠ざけ、自らの責任を全うする意思に満ちていた。

「しょうがない娘だよ、まったく」

シブラは失血により朦朧としているナオミをひげの男に運ばせ、慌てて牢を出て行った。

遠のく意識の中、ノワの名を呼ぶか細い声が呪縛のように地下牢に木霊していた。

ルドは歯を剥き出し、獣のように荒い息で喉を鳴らしたが、やがては疲れたようにその場に座り込んだ。

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