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お嬢様にはいろいろ難解な事情があるのです



――この屋敷から離れたときは、もう戻ってくることは出来ないのではないかと思っていた。





 ほんと、人生何が起きるか分からないわよねー……。



 そう思いながら銀髪の少女(わたくし)は、悠然と佇む赤煉瓦の屋敷を無感動のまま見つめていた。



 他者から見れば、さまざまな思いを抱えながら生家に戻ってきた少女、ということになるんでしょうけれど――学院通うまでの辛抱だ、と自らを励ましているだけで、数日しか住んでいなかったこの家に良き思い出なんてない。



 わたくしが無印版のナレ死悪役令嬢、リリーティアに成り代わった始まりだけではなく、魔界から地上に出た再スタートの場所になるとはね……。



 そう。この世界は【ピュアフル♡ラヴァー ~ 戦乙女の恋は戦場と共にあなたへ ~】……うーん……長い。


略すと――『ピュアラバ』という乙女ゲーム作品――がリメイクされて【Reピュアフル♡ラヴァー ~ 戦乙女と魔道の娘 ~】という、設定やキャラデザなど、至る所に大幅な変更や修正が入った別ゲー状態で発売されたものである。



 無印版は事前に全てのルートをプレイ済みだったので、いざリメイク版をと起動した瞬間――無印版では悪役令嬢だったリリーティアという少女……に成り代わって、この屋敷の自室 (のベッド)で目覚めたというわけだ。それが四年前。




 結果としてリリーティアとしての記憶は統合できぬまま、現在に至るわけだが……。




 一番困ったのは、リメイクは結局オープニング画面すら見ていない状態なので、この流れで良いのか悪いのかも判らないところだ。



 そして……個人的には最大の障害となっている、この国の王子、クリフォードとわたくしの婚約解消を真面目に考えている。



 むしろ、そのために地上にやってきたと言ってもいい。




 記憶無くして家も追い出されたのに、なんであの王子は婚約破棄しないのかなー。ていうかヒロインがいるじゃん。そっちと仲良くやっててほしいんだけど……。



 などと心の中で毒づいているうちに、だんだん腹が立ってきている最中だ。


 しかし、リメイクされても結局無印版と同じように学院に三年間通う。


 その三年で、わたくしはやるべきことをやり、婚約破棄をし……再びこの屋敷を去る予定だ。



「――戻ってきたことが……それなりに感慨深いのか?」


 隣に立った眼鏡の青年が、じっと屋敷を見つめたまま動かないわたくしに問う。


「……あまりよく覚えておりませんでしたから、こんな形をしているのだなと見ていただけです。わたくしにとっては他者の家と同じ。感慨深さなど一切ありませんわ」

 わたくしはようやく屋敷に興味を無くしたかのように……ゆっくり首を振った。



 自分の青い瞳 (とてもキレイだと自分でも思っている)を数度瞬かせると、幼馴染でもある(というのを道中聞いて驚いた)眼鏡の青年、マクシミリアンに視線を向けた。


 わざわざ、王都から馬車で数日かかるところに迎えに来てくれたくらい律儀なひとだ。


 リメイク版でキャラデザもイマドキの綺麗絵に変わって、ますますイケメンになったマクシミリアン。端整な顔立ち、涼しげなアイスブルーの瞳はとても怜悧な印象を抱かせる。


 なんだか色的に夏は涼しそうだなー、というどうでもいい印象すらもぼんやり感じていた。


 わたくしだって銀髪だけど、髪が何色であろうと特別涼しいわけではない。気のせいだって事は分かっている。



 そしてマクシミリアンのトレードマークであるシルバーフレームの眼鏡。


 宰相の息子という設定だけあって、彼自体も知的な青年だ。


 性格も全然悪くないし、あの王子とつるんでいなければもっと親しみを持てた良い奴だったかもしれないのに、とわたくしはつくづく残念に思っている。


 年頃だというのに――自分が知っている原作知識の中では婚約者も確かいなかったはずだ。


 実際に本人に聞いたわけではないけど、なんたって宰相様の息子さん。いろいろな思惑とかで他方からお声がけはあるだろうな、とは思っている。


 早くいい人を見つけて、こいつだけでも幸せになってもらいたいものだ……と、余計なことは考えている。


 ただ、その『いい人』は自分ではないのだし――もっと言うなら、わたくしに友人がいたかどうかも知らないので、人の紹介も出来ないけれど。



「感慨もない……なんて言われては、みな言葉に困るだろうな」

「そういうあなたのほうこそ、わたくしよりよほどこの屋敷を見慣れているのではなくて?」


「そうだな。我々が幼かった頃から……そしてきみを迎え入れるためにも数え切れないくらい足を運んでいる」


 多少の嫌味を載せた言葉に気づいたのかどうなのか、マクシミリアンは首肯しながら淡々と言葉を返してきた。


 思ったように相手が反応しなかった事も不満だし、わたくしの家なのだと認識をさせているあたり、ここで暮らす実感を持たせようというのだろう。


「……行きましょうか」

 わたくしは小さく息を吐くと、マクシミリアンではなく自分の反対側にいた灰髪の男に声を掛ける。


「もしかすると屋敷内の者から多少の嫌がらせをされるかもしれませんが、半年も我慢してくだされば学院寮から通うことになるので、それまで辛抱してくださいな」


 すると、この男は何も言わずに頷くだけで、それ以上の反応を返そうとしない。


 ふぅん。普段は何かしら言ってくれるはずなのに、一応大人しくしているんだ……。


 彼らしくない殊勝な態度に思わず目を細めたわたくしだが、マクシミリアンに先に行くよう目配せをすると、その意味を解して先に踏み出し、玄関で深く頭を垂れている執事やメイドに声を掛ける。



「フォールズ王国公爵アラストル家の嫡男、マクシミリアンです。ご当主にお取り次ぎ願いたい」

「ああ、これはアラストル様……ようこそおいでくださいました。主人はすぐに参ります。どうぞ、応接間でお待ちくださいませ……こちらに」


 初老の執事が先を歩き、わたくしたちはその後についていくのだが……。




……今、公爵って言った……わよね?



 えっ、この国の宰相って爵位ありだったんだ? ひえっ……。ローレンシュタインよりずっと上だし、そりゃ王子のそばに付き従ってるわけだよ……!


「……何か?」


 わたくしの視線に気づいたマクシミリアンは、居心地の悪そうな顔をして問う。

 というか、横でじっと見られて気づかないわけはない。


「……公爵様だったとは……お恥ずかしくも存じあげませんでした。今までの非礼を心よりお詫びいたします」


 非礼を詫びますと言っても、ぜーんぜん知らなかったんですもの……!


 無印版にはアラストル家にそんな設定など無かったから、またリメイクで変更があったんだなー、と一人で勝手に納得した。


 王子の婚約者になってるとか、魔界のヒロインになってるとか、設定マシマシなわたくしもだけど、こういう前キャラクターが急に出世するパターンは事前情報欲しかったわ……。


 なんてもちろんそんなことを口にするわけはない(したところで理解できるわけない)から、何か違うように察してくれた様子のマクシミリアン。


 気にしないで良い、と本当に何でも無いと思ってるように柔らかい口調で言ってくれた。


「……宰相がたまたま公爵であり、俺はその息子というだけだ。わざわざ爵位を言わずとも、既に知っているかと思っていた。そうか、それも忘れていたのか……ああ、俺以外に……そんな口の聞き方はするなよ。貴族の権威も相まって大変なことになる」



 そのように釘を刺してから、そうかと何か一人で納得し、マクシミリアンは口を開いた。



「貴族の中で爵位の序列は重要なことではあるが……きみは幼い頃から物怖じしないところはあったし、一応人前ではきちんと出来る程度の教養はあったはずなのだが、そういった記憶もないのでは注意するのも無意味かもしれないな」


「今後マクシミリアン様とお呼び致しましょうか」

「ふ、今更やめてくれ。きみは今まで通りで構わない。ただ、人前では……そのようにしてくれるようお願いする。互いにあらぬ噂を立てられては困るからな」



 執事に連れられて入った応接間も、初めて見る部屋だった。


 マクシミリアン共々ソファに座るが、一緒に連れてきた男はわたくしの後方に立ったままだ。


「ジャン?」

 座りなさいよと声を掛けるわたくしだったが、ジャンという男はこのままで構いません、と敬語で答えた。


 えっ、なに敬語になってんの……!? いつもぶっきらぼうに返事するくせに、急にそんなことされたら面白すぎるんですけどっ……。


 笑いそうになって……口元を押さえた。


 たまたまこうして笑わなかったのは、ジャンがわたくしを殺すことも厭わぬような鋭い目で見据えたからである。


 サッとジャンから視線を外して、紅茶を優雅に淹れている執事の方に顔を向けたが、ジャンの刺すような視線は依然として背中に感じたままだ。


 彼もまた自分のためにわざわざ建前でやってくれているのだと理解していますけど、普段とかけ離れた姿に新鮮さと面白さがあって、緊張が少しだけ紛れる。


「……リリーティアお嬢様、お久しゅうございます……皆お嬢様を案じておりました」


 カップが自らの前に出されたとき、静かに執事が話しかけてきた。


 わたくしは執事の顔を見つめ、長いまつげを一、二度震わせて瞬きすると……ええ、と柔らかく同意した。


「この通り、無事ですわ。ご心配をおかけいたしました」


 イメージとして花がほころぶかのように可憐に微笑むと、謝罪の意を込めて軽く頭を下げた。


 それを見た執事はそのようなことは、と慌てて止める。



「良いのです。わたくしがしたいと思っただけで……今日からまた世話になるのですもの」

「しかし……はっ、もったいなきお言葉……」



 そうして恭しく礼を取られても、この執事が自分を歓迎していないこともこのリリーティアには判っているんですからね。



 記憶を無くしたわたくしを厄介者として辺境に押しやるよう命令したのはお父様……当主かもしれないが、その手はずを整えたのは絶対に執事だからだ。おいジジイ、その節はどうも……などとわざわざ文句を言ったりはしないが、当時はそれなりに、なぜなの……? という気持ちを持った。


 しかし、それがあったからこそ辺境の別荘で運命の出会いをし、数年間出奔した訳なので、今ではほんのちょっぴり感謝している……ところもある。



 そのとき、応接室の扉がノックもされずに開いた。

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