第二章 2.
「山岸さん、今日も暑いですね」
新製品のパンフレットをくたびれた鞄に入れて、得意先の広告代理店を訪ねた。自動ドアに向かって足を踏み出す。顔馴染みの社員が汗を拭きながら、後ろから声をかけてきた。
「外回りの営業ですか?この暑い中大変ですね」
山岸の会社は主に事務機を扱っている。紙や文具も多少手掛けてはいるが、プリンターやコピー機、印刷機が主力商品だ。中でも山岸はプリンターのリースに関する営業を担当している。プリンターといっても、家電量販店に並んでいるような家庭用のものではなく、業務用の大型のものだ。リース業というのは、この業界の中で、そこそこ理にかなった商売であると山岸は常々感じていた。モデルチェンジや新性能の追加など、目まぐるしく新製品が出る分野であるから、高額な複合機は購入するよりもリースで使用したいという会社は多い。今日持参してきたパンフレットにも『次世代機』と大きく書かれ、今までになかった機能の追加を声高にうたっている。
「外回りが仕事ですからね。皆さんのような頭を使う仕事のご苦労に比べたら、なんていうことはないですよ」
自動ドアの向こうは冷房が効いていて、すっと汗が引く感覚があった。相手と同じように、ハンカチで汗を拭いながら、笑顔で答えた。
この謙虚な姿勢に好感が持てるのだと、以前にどこかの営業先で言われたことがある。目の前の男も、どこかしら、機嫌が良さそうな顔つきになった。
そういう立ち回りが大事なのだと思う。営業マンというのは、ただ頭が切れるというだけでは務まらない。相手に受け入れられて初めて仕事が始められるのだ。
「こないだ入ったプリンター、調子いいよ。前の旧式のは、湿気が多い日だと、紙は丸まっちゃうし、両面印刷なんて、細かい字は定着が悪くて滲んじゃうし、使い難かったからね。メンテナンスもすごく感じのいい人が来てくれて、助かってるよ。ただね、トナーが結構高いでしょ。もう少し安くなると、いいんだけどね」
「そうですね。性能がいい分、トナーも特別仕様ですからね。できるだけ、リース代なんかで、営業努力してカバーさせていただきます」
「頼むよ」
男は気安く言うと、自分のフロアへと去って行った。