状態確認-ステータスチェック-Ⅲ
「サトルさん!」
「……ん? シャロ──グフッ!」
……腹に強烈な痛みが……押し寄せて……。
「サト──」
ああ、意識が……薄れ……。
『良いか? 余計な気持ち、雑念を抱えていると、集中力に影響を与えてしまうんじゃ』
『そんなこと言われても、仕方ないじゃんか! 好きな子に応援されたら、気が緩んじゃ──』
『バカモノ! それでも集中せねば、ならんのじゃ。雑念を抱えた結果が、この有様じゃ』
これは、俺が中学生の頃の記憶だ。あの日、剣道大会があって、決勝戦まで勝ち進んでいた。決勝戦には、当時好きだった女の子が応援に来ていて、その子に良い格好を見せるぞ! と意気込んでいた。
それがこのざまだ。開始早々の面に一本。それで試合は終わった。あの子のがっかりした顔は今でも忘れられない。
家に帰って、じいちゃんにこっぴどく叱られたのも、未だに覚えている。
じいちゃんは、ことある事に″雑念を捨てろ。雑念を抱えたままでは、隙が生まれる″と言っていた。
確かに剣道大会の決勝戦でも、今回の事でも、そうだと考えさせられる。
怒りに集中力を欠き、ヴォーデくんとエルフの少女による援護が無ければ、やられていたかもしれない。シャロンがいなければ、鬼族の男に殺されていたかもしれない。
──っ!? そうだ、俺は!
「──っ!」
ここは、何処だ? 俺は確か、洞窟内で鬼族の男を倒して……そうだ。それから、シャロンの頭突きで意識を失ったんだ。辺りを見渡しても、木で出来た天井と壁。
ここが洞窟内では無いことは容易に判断出来た。家か? しかし、誰の家だろう?
「うぅん……」
「ん?」
──っ!? 俺の横には、洞窟内で助けたエルフの少女が、下着姿で俺の横に……!?
ああ、下着といっても、ブラとパンツとかじゃ無くてワンピースみたいな肌着を着ているけど……って、そうじゃなくて!?
「……あっ、おはよう。起きたんだね」
「あ、ああ……」
なんだ? どういう事だ? いきなりの事に頭の中で整理できない。
「サトル、寂しいと思ったから、エミィが添い寝してあげたんだよ」
俺は子供か! とツッコみたい所だけど、まず訊いておかないといけないことがあるな。
「すまない。えっと、君は何故俺の名を知っている? それと、君は……えっと」
しまった、彼女の名前を知らない。
「エミィ? エミィは、エミーリアって名前よ。サトルの名前を知ってるのは、あの治癒師の子が呼んでたでしょ?」
治癒師の子? ああ、そういえば、シャロンが俺の名を呼んでたな。それと少女の名前はエミーリアか。しかし、自分のことを愛称? で呼んでるのか。
「それで、エミーリア。君は何故、下着姿なんだ?」
「エミィって呼んで。それにサトルは、寝るときに服着て寝るの?」
「それは、脱ぐけど……」
「でしょ? そういうこと」
そりゃ脱ぐけど。何故、寂しいと思ったのか。よく分からないな。
「嫌だった?」
ちょっ! 下着姿で胸を腕に押し付けないで!? この子、意外と胸があ──
「そ、そうじゃなくて! ちょっと離れてくれないか」
「むぅ……」
ふぅ、とりあえず離れてくれた。しかし、目のやり場が困るとはこの事だな。
ん? ノックの音が。誰か来たのか? ──ヤバい!? この光景はどう見てもヤバい!
「ちょっとま──」
「どうぞー」
ちょっと、エミーリアさん?! 何招き入れてるの?
「起きてるなら、丁度良い。ギルド員の婆さんを──」
「どうしたんだよ、急に立ち止まって──」
……お願いだから、二人とも固まらないでくれ。
「ヴォーデ、立ち止まらないで。サトルさんが起きてるなら──」
「お、おはよう。皆」
なんだろう。皆、表情が強張ってるけど……これは、違うんだよ?
「……悪いな。お楽しみだったか」
「…………」
いや、お楽しみじゃないから。ヴォーデくんもそんな蔑んだ目で俺を見ないで!?
「……サトルさん?」
「な、何でしょう?」
シャロン……誤解です。分かって……。
「大丈夫ですか? そこの変な魔女に誘惑されてたんですね。浄化しないといけないので、どうしましょう」
アレ? シャロンさん?
「エミィは、変な魔女じゃない! 訂正して!」
「では、魔女でどうですか?」
なんか、女のバトルみたいで怖い……。
「あっ、そうか。アンタ、エミィとサトルの仲に嫉妬してるね。そう、ご愁傷さま」
「──っ!」
ひっ! シャロンさん、怖いんですけど!?
それにエミーリア、何を言い出すんだ。俺と君はこの前会ったばかりだよ!
「修羅場だな。こりゃ、部外者は退散した方が良いな。終わったら、隣の家に来てくれ」
「……悪ぃ、今回ばかりは同情するぜ」
あっ、二人とも! 逃げたな。この薄情者!
「サトルさん? 迷惑なら、迷惑と言った方がいいですよ」
「迷惑掛けてるのは、アンタ。エミィ達の邪魔しないで」
あの……これどう止めれば良いの? お願いだから、誰か教えて……。
「……騒がしいのですが、少し静かにして貰えますか?」
あれ? イア、いつの間に。
「隣の部屋で村長と話し合いをしていましたが?」
「……元気なのは良いが、騒がしいのは、こちらも迷惑だ。話し合いが纏まらん」
……あっ、隣でそんな重要な話し合いをしてたのね。それは申し訳無いことをした。
「申し訳ない。二人も謝って」
「あっ、すみませんでした」
「なんで、エミィは──」
シャロンは謝ったのに、エミーリアは何か言い訳しようとしているな。良くないよ、社会人ならダメな奴ね、それ。
「……ごめんなさい」
「気を付けてくれ」
村長さんは納得してくれたけど、二人には困らされるな。
「そういえば、身体はもう良いのですか?」
「ん? ああ、不思議なくらいに痛みがない」
意識を失う前は全身に痛みが走っていたのに。不思議だな。
「それは良かった。では、私も戻ります」
「ああ、ありがとう」
争いを止めてくれた。という意味で。
「では、サトルさん。着替えたら、隣の家に来て下さいね」
「ちょっと何すんの、エミィはサトルと着替え──」
なんか、シャロンがエミーリアを連れて部屋を出て行った。
まあ、部屋の中が静かになったから、いいか。
さて、待たせるわけにもいかないし。さっさと着替えるか。
着替えを済ませ、言われた通りに隣の家に行くと、シャロン達が待っていた。
「王都まで行って、臨時でギルド員を連れてきたんだ。早く状態確認してくれよな。借受料高いんだからよ。まあ、払ってくれるなら別に構わないけどな」
なんだって!? それは早く終わらせないとな。
「ところで、皆は確認したのか?」
「はぁ? お前が倒れて何日経ったと思ってんだ。皆、とっくに終わらせてるっつうの」
えっ? そんなに長く寝てたの?
「サトルさんが倒れて1週間も目覚めなかったんですよ。心配しました」
「エミィの熱い口吻で起こそうと思ったのに、この女が止めるから……」
1週間も寝てたのか……それは悪い事した。それとエミーリア、それは嬉し──勘弁願いたい。
「状態確認をお願いします」
「承知しました。では……」
老婆のギルド員が、俺の手首に巻いているリストバンドに触ると、何やら呟いてる。いつも思うけど、なんて言ってるんだろ?
「終わりました。状態を確認してください」
もう終わったのか。では、御言葉に甘えて確認させて貰おうかな。
────────◆──────────
名前:サトル・サガミハラ
職業:万能師
種族:人間族
LV:28
HP:1600 MP:280
STR:55 DEX:45 VIT:39
AGI:21 INT:28 MND:20
LUC:9
────────◆──────────
────────◆──────────
ページ2
剣:LV24 槍:LV2 斧:LV1 杖:LV1
短剣:LV3 弓:LV1 拳:LV1
火:LV11 水:LV2 風:LV2 地:LV2
氷:LV1 雷:LV1 光:LV1 闇:LV1
聖:LV3
────────◆──────────
おお、大幅にレベルアップしている。
「新たなスキルはございません」
取得したスキルはゼロか。レベル上がる度に新たなスキルが身に付く訳でも無いか。
「レベル28って、ほぼ30じゃねぇか!?」
「エミィが30だから、もう少しだね、サトル」
エミーリアはレベル30か。強いはずだ。
「サトルさん、レベル上がるのが早いですね。私やヴォーデは、まだレベル24ですのに」
二人はレベル24か。まあ、それでも高いと思うけど。
「くそっ! 負けねぇからな!」
「ヴォーデ、やめて! 恥ずかしい……」
シャロン、良いと思うよ。向上心があって。
「状態確認も終わりましたので、帰ります」
「ああ、ありがとう」
ギルド員の老婆は、お辞儀して帰って行った。冒険者の男が連れてだけれども。
さて、これからどうしよう。魔術師も仲間になったし。やる事無くなったな。
「これで仲間も揃った。あとは魔王を倒しに行くだけだ!」
そういえば、そんなこと言ってたな。まあ、俺は関係無いけど。
「俺はここでお別れだな」
「サトルさん、何言ってるんですか? これからも一緒なんですから」
えっ? シャロンさん?
「エミィ、サトルと一緒に旅するから。サトルがこの二人と別れるなら、エミィはサトルに付いてくよ?」
えっ? エミーリア?
「ヴォーデくん、なんか言ってくれ。魔術師仲間になったら、お別れって約束じゃないか」
「知らねぇよ。人を小馬鹿にする呼び方する奴の事なんて。それに俺が二人を止められる訳ねぇだろ」
いや、呼び捨ては失礼だし。
まあ、女は強しとは言うけども。薄情すぎない?
「サトルさんは、私達と一緒に行くのが嫌なんですか?」
「サトルはエミィと二人が良いんだよね」
いや、嫌じゃ無いけど。……って、エミーリア? 何を言い出すんだ。そんなこと言ったら……。
「サトルさん、やはり別の魔術師を探しましょう。これはダメです」
シャロンさん、仲間にこれ呼ばわりはダメだって。
「エミィはこれじゃないもん!」
エミーリアの気持ちも分かるけど。今のシャロンには逆効果な気がする。
「シャロン、大人げねぇぞ。仲間なんだから、許してやれよ。それにコイツが、そんなことで揺らぐたまかよ」
ヴォーデくんが珍しくフォローしてくれた。最後にバカにされた気もするけど。
「ヴォーデは黙ってて。そういう問題じゃないの」
「そんなわがまま言ってと、コイツに嫌われるぜ?」
「──っ!」
そんなことは無いが。まあ、度が過ぎると嫌な気分にはなるかもしれないけれど。
シャロンはヴォーデくんの言葉にショックを受けたのか、大人しくなった。これで良かったのかは分からないが、とりあえず落ち着いたから良いか。
「嫉妬は怖いよね~」
「テメェもくっつきすぎだ。もう少し節度を弁えろよ。やり過ぎると嫌われるぜ?」
「──っ!」
ヴォーデくんの言ってることは分かる。……けど、ヴォーデくんの口から弁えるって言葉が出るとは。エミーリアも黙ったということは、嫌なことだったのだろう。嫌いはしないけど。
皆に申し訳ないとは思う。
「ったく、世話が焼けるぜ」
「ヴォーデくん、ありがとう。助かった」
まさか、ヴォーデくんに助けられるとは。今度、何かお礼しておこう。
「くん付けはやめろ。呼び捨てで良い」
「良いのか? 分かった。ありがとう、ヴォーデ」
なんか、ヴォーデとの距離が縮まった気がする。
「話も纏まったし、魔王を倒しに行くぜ!」
「……ちょっと、サトルを貸して欲しいんだけど」
貸して欲しいって、俺は物じゃないんだが。
「理由教えろよ。それによってはどうするか変わるぜ」
「……理由は言えないけど、この問題を解決しないと仲間にはなれないかも」
エミーリアが正式な仲間になるために、俺が必要? それなら、一肌脱がないといけないのかもしれないな。
「それなら、別の魔術師を──」
「シャロン、お前は黙ってろ。ややこしくなる」
「俺は構わない。一肌くらい脱ぐよ」
ヴォーデの成長ぶりに感動してきたな。仕切れるようになるとは。
「つうわけだ。付き合ってやる。ただ下らねぇことなら、覚悟は出来てるんだろうな?」
「うん、問題ない」
エミーリアも真剣な表情。これは深刻な問題なのだろう。
「で、俺達は何処へ行けばいいんだ?」
「……エミィの故郷。耳長族の集落」
エルフ族の集落? やはりエルフは仲間同士で暮らしてるのか。
「場所は?」
「ここから西にある孤島」
地理に詳しくないから、正確には分からないが、この村から西に行けば、孤島があることは分かった。孤島ってことは、船に乗って行かなければならない。港を探さないとな。
「じゃあ、次の目的地は耳長族の集落だな」
「そうだな。ってことは、一旦ルミエールに戻らねぇといけねぇな」
ルミエールに戻る? もしかして、港があるのか? まあ、王都だし無いとは言えないか。
「もうお帰りですか?」
うわっ! イアか。驚かせないでくれ。
「そういえば、話し合いはどうなりました?」
「村に住まわせて貰うことになりました。元々、この村の人とは仲良くさせて頂いてましたし」
そうか、それなら安心かもな。とりあえず良かった。この地を去る可能性もあったし。
「良かったです。これで平和に暮らせますね」
「はい。皆さん、ありがとうございました」
俺達はイア達とグラナート村の人々に別れを告げると、一路ルミエールへと向かった。