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優先席

 ある暮れの日、俺はぼーっと外を眺めていた。

 やや混んでいる車内で、潰されるような窮屈さを多少感じていた。安いからといってドーナツの外に住むようにしたが、こういうところはつくづく嫌だと感じた。そして、ある停車駅についた。そこで、明らかに年をとっている老婆が乗ってきた。顔は疲れており、腰はしんどそうだし、今すぐにでも座らせてあげたい。本人もそれを希望してか優先席の前に立った。俺の方も見たが、俺には何もできないと感じた。しかし、目の前には小さくいびきをかく若者が座っていた。なんということか、優先席にも関わらず譲る気持ちを見せず、夢心地なのである。そのとき、俺の中にある正義の炎がメラメラと燃え出した。久しく忘れていた心である。なんとかこの若造を席からはがしてやりたいと思った。だが、今の若者はキレると何をするかわからない。公然と注意する勇気は俺にはなかった。何か方法はないだろうか。しばらく若者を観察しているとつきっぱなしのスマホを確認した。全くなんてだらしないやつだ。しかし、ギリギリ落ちないでいるスマホをしばらく眺めていると行き先の駅が表示されていた。終点までいかないもののその手前までの時間が書かれていた。その時、ハっと思いついた。これは使える。他の駅で嘘をついて起こせば、あわてて降りて、嘘に気づいたときはもう閉められた電車の外ではないだろうか。いや、そうなるに違いない。しかも次の駅は若者の本来降りる駅とよく似ている駅である。これは、ついている。やるしかない。そんなこと考えているうちにその駅に着いた。ちくしょう、早すぎだ。だが、駅名のプレートもずれているし、車内の駅表示がない旧型車両だ。圧倒的追い風だ。震える腕を奮いたたせてそいつの肩を叩いた。そして、やさしげな声で、

「お客さん、○○駅ですよ。」

とそいつにだけに聞こえるようにささやいた。そいつは、ビクッとするとあわてて荷物をまとめて俺に礼も言わず、慌てて降ります、降りますと叫びながら降りていった。そいつの降りた瞬間ドアがしまった。もう俺は、やつを無視した。そいつの視線を感じたが、もう気にしなかった。その後、幸いにも何事もなく、その席に老婆は座った。お礼の会釈を期待したが、何もなかった。むしろ、目線があったとき不機嫌にも感じた。少しムッとなったが、こればかりは仕方ないと思った。正義とは報われないものである。


とりあえず達成感に浸りつつ、悠々と座りながら俺はスマホを開いた。

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