自堕落に生きる
性別が男性であるだけで国から金を『支給』されると聞き、俺はその日、興奮して中々眠れなかった。
前世との違いが他にもあるかもしれないが、この世界は男女比に偏りがあり、性別が男性というだけで優遇されているようだ。すでに働く気はないが、その話を聞いて余計に働く気力はなくなった。無料でお金を貰えることができるのならば、何故働く必要があるんだ?ただ、四日楓が言っていたお金を『支給』される代わりに『義務』を果たすという言葉が気になった。凡そ想像はできる。男性の数が少ないようなので、結婚をして子供を作ることだろうな。正直助けに来られた時は迷惑だと思っていたが悪くない。狭くて汚い部屋で寝るだけの刺激のない生活には飽きていた。俺の理想の世界に生を受けた事に感謝する。前世はお金を稼ぐため……結局は生きるために必死に働いた。この世界では我慢してまで働く必要がない。新たな人生の目標は決めた。
「この世界では徹底的に自堕落に過ごす。眠くなったら寝て、好きな時間時起きる。自由に、死ぬまで自分勝手に生きてやる。俺は絶対に、誰がなんと説得しようと働かない」
そう決意したら急に尿意が近くなった。この年(12歳)で漏らす訳にもいかず、寝る前にトイレに行く。俺の足取りは軽かった。
手を洗い、何気なく正面の鏡を見たら見知らずの子がいた。真っ白な綺麗な肌に、長い黒い髪が映える。ぱっちりとした目。整った容姿の小さな女の子と目が合う。
「んっ!」
と思わず驚き、声を上げ、後ろを振り向く。
「誰?」
トイレには自分しかいない。鏡に映っていたのは俺だ。特殊な事情により、今まで一度も自分の顔を確認してなかった。俺はこんな女顔だったのか。自分の顔をまじまじと見つめる。前世の顔はお世辞にも良い顔ではなかった。それにしてもこれは……。
はっ、とする。この顔なら女の子にモてるのでは。男の人数が少ないようなので容姿が多少悪くても恋人は作れるだろう。だがこの顔ならより取り見取り選び放題できそうだ。いや、なんなら複数人と付き合ってみるのも面白いかもしれないと妄想しながら廊下に出ると、背後から衝撃を受けた。
そこには俺と同じくらいの背丈の小さな女の子がいた。
この小さな子が俺にぶつかったようだ。
「……君はなんでここにいるの?ここは女性は立ち入り禁止だよ」
俺がいる病棟は北棟で患者は男性しか入れない。反対の南棟は一般に開放されているので女性がいる。しかし、この子はどう見ても女の子で患者だと思う。
「ご、めんなさい」
と、こちらの様子を窺うように上目遣いで見上げる。よくみると可愛い子なと感じたが、女性が許可なく北棟に入った場合は罰則もありうると説明を受けていたのを思い出した。ここは心を鬼にして注意するか。
「……ううん、別に怒ってないよ。転ぶと危ないから廊下で走るのはやめようね。俺は病室に戻るから、君も看護師さんに見つからないうちに南棟に戻るよ……う……」
「君じゃないよ。みずきって言うの」
「ああ、そう」
「みずきって言って」
「はいはい、みずきちゃんね」
「名前は?」
「俺?さつき」
「さっちゃんは男……の子?」
俺の顔を見て分からないか?う、自分の顔を思い出して少し憂鬱な気持ちになる。
「男だよ」
「北棟に男の子がいるなんて。看護師さんの話は作り話だと思っていたのに。いま、一人なんですか?」
と彼女は更に一歩俺に近づく。
「見ての通り一人だけど」
子供じゃあるまいし、夜中にトイレくらい一人で行けるだろう。今は見た目が子供だったか。
みずきの話をまとめると。
「ふ~ん、迷って北棟に来て、帰り道が分からなくなったところで俺にぶつかったんだ」
「うん、だから一般棟(南棟)まで送ってほしいな」
「別にいいけど……」
迷子の子供を送り届けるのも仕事だよな。働かないことを誓ったばかりなのに。仕方がない。今日だけ特別に働いてやる。今日だけだ。どうせこの子と会うことはもうないだろうし。