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顔じゃありません  作者: ニビル
第一章  中
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理想の世界

 極度の飢餓を感じ、死を意識したときが山塚皐月の人生で一番苦しかった。頭の中は死への恐怖と、暖かいご飯をおなか一杯食べたいことがぐるぐる浮かぶ。空腹を紛らわすために水を飲むが、水を飲みすぎて気持ち悪くなり体調が余計に悪くなった。正確な日にちは分からない。ただ、何も食事を取らずに2週間は過ぎていたと思う。水だけで長時間生存することはこの幼い体には負担が大きい。一度死んで、前世を思い出したとたんに、すぐにまた死ぬのかと何度も思った頃、『それ』は突然、山塚皐月の体に起こった。


 (空腹感が消えた……?俺はまた死んで、どこか違うところに生まれ変わったのだろうか)


 なぜか消えた『空腹感』に疑問を思いつつも、重い瞼を開け、辺りを確認する。やはり今いる場所は見慣れた廃墟の一室だった。

 また死んで転生した線は消えた。飢餓感が消えたことに 何故 なぜ なんで と考えても答えはでない。飢餓感は綺麗に消えたが、この廃墟からは出れそうにないことには変わりはない。それから、山塚皐月は浅く寝て、深く寝るの繰り返しをするようになった。一月くらいは母が救助隊を引き連れて、山塚皐月をこの閉じ込められた山小屋から救いだしてくれると信じていた。……薄々わかっていた。母は事故か何かに巻き込まれ死んだか、俺を置き去りにしたかだ。


 やがて寒い冬が来て、春が到来する。季節は一巡して繰り返す。

 何度も季節が巡るうちに欲が消えていく。食欲はとっくの昔に完全になくなり、偶に思い出したように水分を補給するだけだ。服はとうに小さくなり着れなくなったので裸だ。


 何年も此処で暮らすうちに、ここの廃墟内の何も物がない生活環境に慣れた。食欲がなくなり、空腹は一切感じない。食っていく為に無理に働く必要はない。好きな時に寝て、好きな時に起きる。前世は会社に遅刻しないように夜更かしはできなかった。週末になると月曜日の事を考え鬱になることもなくなった。明日会社行きたくないなー。って、もう今は毎日が日曜日だった。やったね。楽園とはここのことだったのか。この場所を終の住処と定め、老衰なり、病死なりと朽ち果てるまでいようと思っていた時だった。その日はいつもより寒く、毛布に包まりなんとなくドアの方を見つめていた。


 「あ――かない!」

 「誰、 るか!」

 「返事を てく……」


 複数の女性の声が外の方から聞こえたような気がした。一瞬母の声だと思ったが違う。それより、ついに俺も頭がおかしくなったのか。何年も一人でいることが当然になっていて、幻聴が聞こえるようになってしまったようだ。


  ギギィー。ギギーー。


 ドアの方から機械の、文明の音が聞こえる。チェーンソーでドアを壊してるのか。これも俺の脳内が造りだした幻聴だろう。やがて、今まで開かなかったドアをぶち壊して、光が部屋の中を照らす。複数の人影が部屋に入るのを視認した。


 (ついに幻聴だけでなく、幻覚も見るようになったのか)


 「う、酷いな」

 「ライトを付けろ。誰か生存者がいるかもしれん」

 「見ろ、あそこだ。机の隅に人影があるぞ」

  

 毛布を剥ぎ取られ、全裸の姿を見られる。


 「女の子……?」

 「もう大丈夫だ。君は我々が保護を――」


 と、女性の目線がやや下辺りに向ける。


 俺は服のサイズが合わなくなって、毛布の下は全裸だった。


 「この子男の子よ」 

 「嘘でしょ」

 「電話の内容は本当だったの」


 

 俺が男というだけで非常に驚かれている。俺の髪は何年も切っていないので普通の男性と比べると長い髪だ。だからかな。ぱっと見で女と間違えられたのかも。それにしても……幻聴や幻覚ではなく、本当に助けが来たみたいだ。

 

 (今更かよ)

  

 「今は彼を保護することが先だ。大丈夫かな?我々が君を必ず助けるから安心してほしい」

 

 一人のリーダーらしい女性の一声で騒めきが消える。


 「アあ…がt」


 (恥ずかしい。ありがとうございます。とお礼の言葉を口に出したはずなのに、何年も会話していなかったからか、上手く発音できなかった)


 「可愛い」


 そう言うと、スーツ姿のリーダーらしき女が俺に近づき、手を伸ばそうとした。


 (その時俺は、スーツ姿の恰好は暑くないのかと的外れなことを考えていた)

 

 「ちょっと、四日楓(しかかえで)課長どさくさに紛れて、ま さ か 男の子に触ろうとしていませんよね?」

 「し、してないし。フルネームで名前を呼ぶのは止めて。唯ちゃん」

 「唯ちゃん言うなー」



 保護されることによって、山塚皐月の楽園生活に一旦終止符を打つ。



 ▼



 それから俺は病院に入院することになった。健康診断を受けた。俺は筋力が年齢に比べて低下して運動能力に問題があるらしい。そして、なんとあの廃墟で七年も孤独の生活をしていたと聞かされた。驚いたよ。


 退院したら学校にいって、進学して、就職するのか。それを考えるとどうにも気が晴れない。

 医師の先生とは別に、スーツ姿の四日楓さんは毎日病室に来て他愛のない会話をする。


 「そう、そうね」

 「……」


 俺は無言で四日楓の言葉に耳を傾けていた。筋肉ネズミの話や、姪の話や雑談を一方的にする。

 偶にうなずくと楓さんは満足そうな顔をする。

 次の日も来る。


 (今日もまた来たな。暇なのか?)


 俺はベットに寝たまま外の風景を眺める。


 「今日は真面目な話をします。この世界のお話をします。男の子は女の子より人数が極端に少ないの。だから、男の子はすごく貴重なんです。同性が少ないから皐月君からしてみたら寂しいかもしれないけどね、男の子は『義務』を果たすと、国からお金が『支給』されま……」

 

 適当に聞き流そうと思っていたら、何やら衝撃な発言をしている。男が少なく、女の人口が多い。確か、男の人口の方が多かったと思ったけど、ううん?男というだけでお金がもらえるのか?


 どうやら俺が転生した世界は男女比に偏りがあり、男性にとっては、俺にとっては理想の世界になりそうだ。


 思わず、ニコリと笑ってしまった。

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