特別ではない
楓さんに俺と歳が近い姪がいるとは聞いていた。存在は知っていただけで今日初めて会った女の子の車に乗り込み質問をぶつける。
「こっちのは押すとどうなるの?」「飲み物頂戴」「冷房もっと上げて」「テンション上がる音楽かけて」「あれは?」「ごめん少しこぼしちゃった」「リッターどれくらい走る?」「ガソリンじゃない?」聞きたいことを聞き、やりたい放題やったら満足した。炎天下の中で歩いたことによる疲れ、高級シートの心地よさ、そして車の振動によっていつの間にか俺は眠ってしまった。
「静かになりましたね……」
「皐月君寝ちゃったのかな。初めての外出で疲れたのでしょう。そのまま寝かしてあげて。ここまでテンションが高いのは見たことがない。車が欲しいとおねだりされちゃったし、車がよほど好きらしい。また新車買うから汚したのは許してあげて」
「大丈夫です気にしていません。むしろ……車はこのままでいいです。いい加減、皐月君のことを説明してくれますか?」
「もちろん。以前男の子のことを少し話したのは覚えてる?」
楓が言いにくそうに話した皐月の生い立ちは、お嬢様のなずなからしてみれば想像もつかないような壮絶な人生だった。
「同じ年で事情を分かっているなずなに皐月君と友達になって欲しいの。来年からなずなと同じ学校に通わせるつもりだから。試験はあってないようなものだから100%通る……と思う。万が一落ちることはないと思うけど」
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いつもの部屋か。車の中で寝たようだ。そこから起きた記憶はないので誰かが部屋まで運んでくれたようだ。俺は夢を見ていた。夢の中で本気を出せば新幹線と並走できるスピード。車をまるで紙屑のようにへし折る腕力。銃弾が頭に当たっても蟻にかまれた程度の痛み(結構痛い)ですむ頑丈さ。記憶を持って転生した特別な存在だから俺にも秘められた力があってもおかしくないはずだ。
「やっと起きた?」
ベットサイドの椅子に楓さんが座っていた。
「おはようございます!楓さん。俺は何時間くらい寝てました?」
「半日以上寝ていたかな」
「寝すぎですね。汗かいたんでシャワー浴びてきます」
「いってらっしゃい」
俺は窓を開け、普通に窓を乗り越えて下に落りようとする。
「ここは3階よ。皐月くん」
「大丈夫ですって」
夢で行けたからという馬鹿みたいな理由で3階からジャンプを試した。結果は超人的な身体能力は俺にはなく、何かの力に覚醒することもなく地面に激突した。
「痛え」
全治3カ月だった。俺は特別な人間ではない。幸運にも男女比が偏った世界で男として生まれただけの存在だ。男というだけで働かないで生活が送れるようなのでそれ以上を望むつもりは……ない。本音を言えばあったけど今回の事故で野望は消えた。
いつまでも病院にはいられない。とんとん拍子に話は進み、俺は正式に楓さんの養子として引き取られた。郊外に新築の一軒家を俺のために建ててくれた。離れの平屋もありそこにお手伝いさんが住み込みで働いてくれる。なずなが通う有名私立の中学校に受験することになった。居場所を教えていないみずきちゃんが家に来て勉強を教えてもらったりした。試験当日、問題用紙を配られて開始されたとき、何で勉強するために中学に行くんだろうと今は関係ないことが頭に浮かんだ。二度目の学生生活を送りたいとは思わなかった。学歴は必要ない。無理に頑張るつもりも一切ない。適当にのんびり生きるつもりの俺はなぜここに受けているのか分からなくなった。余計なことばかり頭に浮かび気が付いたら試験が終了していた。当然のように不合格だった。特にやりたいこともなく家に引きこもっていたらあっと言う間に3年もの時間が過ぎていた。




