初めての男
「なぜ働いてるからかだって?君は男の子なのに面白いことを聞くね」
「茶化さないでください」
「これは失礼。予想外の事を聞かれてね。では、真面目に答えようか……」
『そろそろ目的地に着きます。案内を終了します』
男が働かず過ごせる世界で、男が働く理由という今一番俺が聞きたい話なのに、カーナビの音声により邪魔が入った。
「目的地の家電量販店に着きました。それで、どうします?『延長』しますか?」
メーターの料金表示を見ると、22000円と出ていた。男性割引で50%OFFに下がっての値段だ。男性というだけで半額に下がっても22000円もする、タクシーに乗った時間は20分未満のはずだと思う。まさかドリンクを二つ注文したからか?それとも貴重な『男』が運転するタクシーに乗ったからか?深夜割増でもないし、俺の感覚からすれば随分高すぎるだろ。でも……大人の楓さんの反応を見てもとくに驚いてはいない。法外な値段を吹っ掛けられてはいないようだ。
予想外の出費により5万円も持っていたのに、残りのお金が28000円しかない。帰りのことを考えたら余分に使えるお金はない。前世の世界と物価も違うのかもしれない。ろくに値段や背景を調べずに利用した俺にも落ち度はある。
「延長はしません。ここで、降ります。ありがとうございます」
料金を支払い、俺と楓さんはタクシーを降りた。
「あ、そうだ。今人員を募集していてね、よかったらうちで働かないか?」
「俺が働くのですか?まだ12歳で、免許も持ってません」
「大丈夫だ。俺も持ってないから」
「え?えええ!!?」
自動車の自動運転が実用化されているので免許が必要ないのかもしれない。この世界では絶対に働かないと決めてるので、いくら待遇がよくても働く気はない。
「クラシーヴィータクシーはうちの親が経営してるタクシー会社だからな。人事権は俺に一任されてる。採用されないことはないから心配しないでくれよな。君のような可愛らしい容姿なら大歓迎だ。うちのナンバーワンにすぐになれるさ。もし興味を持ったならここに電話を。朝以外なら大抵つながる」
岩井さんは名刺を俺に渡すと、タクシーの窓が閉めて走り去っていった。
(結局、一番聞きたかったなぜ男の岩井さんが働く理由を聞き逃してしまった)
「皐月君、初めて男の人と話せて緊張しちゃったのかな?」
楓さんは俺と岩井さんが話していた時は口を開かずに、見守っていてくれていた。気をきかせ、俺と岩井さんの男同士2人で話せるようにしてくれた。
「はい。少しだけ緊張しちゃいました」
適当に言っておくか。俺としては男と話しても普通すぎてどうでもいい。
「話を聞いてたけど、
皐月君は美青年タクシー会社で働きたい?」
「いえ、俺は働く気はありませんよ……絶対に」
「安心しました。わたしもあそこで働くのは反対です。皐月君は可愛いので変な虫が――」
楓さんはまだ12歳の俺が働くことには反対はしていない。しかし、クラシーヴィータクシーで働くことには反対しているようだ。何かがおかしい気がする。
この時、まだ俺はこの世界の男女の働くことへの『価値観』の違いを理解していなかった。