猫を拾った日 《ユーリ編番外》
此方のお話は1章と2章の間のお話になります。
その日も僕は屋敷の中で迷子になっていた。
慣れたと思っていた屋敷なのに広くて迷路みたいだ……メイドさんを見つければ部屋に帰れるけど運悪く見つからなくて何故か外に出てきてしまった。
「ど、どうしよう……部屋に帰れる自信が無い」
そう呟いた僕の耳に草が擦れる音が聞こえる。
風かな? そう思ったんだけど、どうやら何かが居るみたいだ……
まさか、魔物だろうか? でもこの屋敷の周りには塀があるしそうそう簡単に入って来れるとは思えない。
そんな事を考えつつ恐る恐る振り返ると――
「あ……うわぁ~」
僕は思わず歓喜の声を上げた。
そこに居たのは汚れてはいるけれど白い猫、日本でも良く見ていた猫とは少し違うけど間違いない猫だ!
「にゃ……ぁ……」
「あ、あれ?」
だけど酷く衰弱をしているみたいで、ゆっくりと近づいてみると――
「っ!!」
ここにたどり着くまでに魔物にでもやられたのだろうか?
怪我をしていた……でも手元には応急処置が出来る道具なんてない。
仕方が無いか……そう思い、僕は猫へ手のひらを向ける。
すると当然――
「シャ――――!!」
威嚇をされてしまい、引っかかれたけど……そんな事はどうでも良い。
というか、ひっかく力が無いのかずっと刺さったままで痛い……けど、我慢我慢……
「っ……傷つきしものに光の加護を……ヒール!」
痛みに耐えながらも詠唱を唱え、魔法の名を続けると淡い光に包まれた手からは温かみを帯びる。
それを猫に向けると見る見るうちに傷がふさがっていく……
僕が、僕だけが使える特別な魔法……回復魔法だ。
とはいえ、連続して使えるのは三回が限界……しばらく休んでないと後でナタリアとの修業に響くけど、猫を助けるためだから仕方ないよね?
「っと、傷はもう良いかな?」
引っかかれた手もついでに治しておくと猫はきょとんとした可愛い顔で僕を見上げて来る。
「にしてもこの子何処から……首輪をつけてるし飼い猫だよね? まさかタリムから? だとしたら飼い主さん心配してるんじゃ?」
早く返してあげなきゃ……でも、僕一人じゃ絶対に外で迷子になる。
何故そう言い切れるかというと、どうやら僕は異世界に来る際にチート技としてどこでも迷子になれると言う能力を手に入れたらしい……
はっきり言って要らない、魔力の量や回復の速さに関しては元からだったらしいし……転移後に手に入れたものはそれだけだ。
ヒールが使えるようになったきっかけである白紙の魔導書ソティルに関しては運が強かっただけだしなぁ……
とにかくそんな理由で情けない事に僕は一人で外に出歩けない……
「となると、フィーナさんに頼むしかないか……ナタリアは動物が駄目だし……シアさんにも言えないよね……」
でも放って置くなんてことは出来ない。
「にゃぁ~にゃぁ」
とか思っていると僕が危害を与えないと分かってくれたのか、身を摺り寄せて来る猫。
これは……駄目だ。やっぱり僕はどうやっても猫に勝てない、可愛い、可愛すぎる!
「にゃ~」
「ん~? どうしたの?」
「にゃー」
「お腹空いたのかな? それとも撫でて欲しいとか?」
そんな事を言いながら猫を撫でているとなんて言ったら良いのか、これは癒しだよ……
「にゃぁ~~」
「可愛らしい猫ですね?」
「うん、どうやら迷子みたいなんだ」
「迷子? ユーリ様と似てますね」
「そ、そうか……な?」
何故僕は普通に会話をしていたのか? そう思いつつも嫌な汗が噴き出す。
そこに居たのはこの屋敷のメイドであり、ナタリアのお付き……シアさんだ。
マズイ……ナタリアは動物が駄目だ。
好きとか嫌いではなく、その身体の所為で駄目なんだ。
だからこの子は絶対に見つかっちゃいけなかった……だと言うのに――
「え、えっと、その……」
「ユーリ様」
「は、はい!」
言い訳をしようにも迷子と言っている手前何を言って良いのか分からない、そう思っているとシアさんに名前を呼ばれ僕は思わずびくりと身体を震わせた。
「ナタリア様に報告に行きましょう、その子は……そうですね、一旦別のメイドに預かってもらいます」
「そ、そんな……ナタリアに?」
これではこの子は一体どうなってしまうのか?
不安な僕を余所ににっこりと微笑む女性は――
「大丈夫ですよ……では、此処でお待ちくださいね」
「うん……分かったよ……」
シアさんにそう答えつつ猫を撫でていると――
「にゃー?」
なにも分からないであろう猫にどうしたの? って言われたような気がした。
それからすぐに猫を引き取りに来た別のメイドさんとシアさん。
僕はシアさんと一緒にナタリアの所へ向かう事になった……勿論、猫の事を話す為だ……
あの猫の為にも黙っていたい……そう思っていてもナタリア相手じゃ隠し通すのは無理だよね。
ぅぅ、仕方ないのかな? そんな事を考えているとどうやらナタリアの部屋の前に付いたみたいだ。
そうだ! 部屋にフィーナさんが居ればきっと加勢してくれるはず!
僕はその事に気が付き、顔を上げると待っていてくれたのかシアさんは僕に優し気な目を向けた後に扉を手の甲で叩く……すると――
「誰だ?」
この屋敷の主の声がし――
「シアです、ユーリ様も一緒なのですが……」
「ユーリもか? そんな所に立っていないで入って来い」
そんな声が聞こえ、シアさんは扉を開くとそこには椅子に座る女性……白い肌、そして長く綺麗な白髪……そして青い瞳はユーリ達の方へと向けられていた。
これだけ綺麗な人は見た事が無いのに、なぜか一回ドキッとした程度でそれ以降は何にも無いんだよなぁ……どうしてだろう?
そんな事を考えるとナタリアはピクリと眉を動かし――
「で、何の用だ? 部屋に来たのはそんな事を言う為じゃないだろう?」
そう、ナタリアに対し隠し事が出来ない理由。
それがコレ……彼女は人の心が読めるらしい、いや嘘ではないだろうピタリと当たるし、そうじゃなかったら逆に怖い。
とにかく、今はちゃんと言わないと後で怒られるのは目に見えているから……
「えっと、その実は――」
「実はなんだ?」
人の心を観ることの出来るナタリアだけど、僕が止めてと言ったらそんなに頻繁には見なくなっている。
実際には観てるのかもしれないけど、今は観ていないのだろう……観てたらすぐになにか言ってくるはずだし……
「その、猫が迷い込んでてて……」
僕は覚悟を決めそう告げる。
「傷だらけで、可哀そうだったから癒してあげたんだ……」
「外で魔物に襲われていたのでしょう、このまま外に逃がすのは酷かと思われます」
なんでだろう、捨て猫を拾ってきて飼いたいって言う子供の気分になる。
この場合シアさんが一緒に拾って来たお姉ちゃんでナタリアがお母さんだろうか?
因みに頼りになりそうなお姉ちゃんはもう一人いたはずなんだけど、この部屋には居ないみたいだ……
「で、なんだ?」
「首輪をつけてて、その迷子だと思うんだけど……少しだけ面倒を――」
そう言いかけた所でナタリアの目つきが更に鋭くなり――僕はやっぱりかと考えてしまった。
「屋敷の中に入れるな、以前言ったな? この屋敷で動物は飼うなと」
「うん、最初の日に言われた……」
そう僕がこの世界に来たその日に言われた事だ。
忘れる訳が無い……恐らくはナタリアの身体に関係する事なのは確かだし……
「はぁ……」
そんな事を思っているとナタリアは大きくため息をつき片目を閉じ、僕を見つめて来る。
僕は思わず身を縮ませ、なんか本当に彼女の子供になったような気分だ……
「良いかユーリ? その猫を屋敷に入れるな」
「はい……」
こればっかりは仕方が無い、ナタリアの身体の事はどうでも良いなんて言える訳が無い。
そもそもそんな事考えたくもないし……
「なら急いで逃げ出さないよう小屋を作ってやれ、フィーも居るんだ。彼女に言えば手伝ってくれるだろう」
「……え?」
「それとゼルにも連絡をしろ、猫がこの屋敷まで着けたという事は恐らくタリムに飼い主が居るはずだ。見つけて返してくるんだ良いな?」
その言葉は予想外の物だった。
いや、猫を見捨てろ! とは言われないとは思った……でも、僕はてっきりタリムに放して来いとでも言われると思ったんだ。
「ほう……それでは私がまるで動物に対し血も涙もないように思えるが?」
「え、ちょ……また読んだの!? っていうか違うよ、血も涙もないって考えてるならそのまま外に出せって言うって考えるでしょ!?」
いくらなんでもそんな事する人には思えないよ。
なんだかんだ言ってナタリアは優しい…………
「ユーリ?」
「ん? なに?」
「何故そこで思考を止めるんだ?」
「え、えっとそれは……」
それは思考を見られているって思ったからで……これ以上は考えない様に……
「ほほう……つまり、私に知られては困ると言う事だな?」
「ナ、ナタリア様? 落ち着いてください」
シアさんが助け舟を出してくれた! そう思ったのも束の間――
「シア! お前には分かるだろう? 今私は隠し事をされているのだ! それも――」
ん? それも……なんだろう? 途中で言葉を詰まらせるなんてナタリアにしては珍しいな。
そんな事を思っているとナタリアは顔を真っ赤にし……僕の方へとその釣り上げた瞳を向けると……
「~~~~良いなユーリ! その飼い主が見つかるまでは猫の世話はお前に任せる! 私は見ての通り一切手伝えないからな!!」
早口でそう言うと彼女はそっぽを向いてしまった。
私は……か、つまり他の人の手は借りろって事で良いんだよね?
それからすぐに僕達は外へと向かう。
「まずは猫ちゃんの家を建てて上げましょう!」
心成しかシアさんがうきうきしているような気がするけど、もしかして動物好きなのかな?
いや、そうじゃなくてもあれだけ可愛い猫なんだから当然か……
そんな事を思いつつ屋敷の外へと出ると――
「ユーーリィーー!!」
僕を見つけて走ってきた女性は何故か涙目で僕は思わずドキリとしてしまうが、慌てて呼吸を整えると――
「ど、どうしたの? フィーナさん」
彼女の名を呼ぶ。
フィーナさんはタリムにある月夜の花という酒場の冒険者でかなりの腕利きだ。
彼女がここに居る理由は僕との冒険の所為で受けた傷の療養中という事でこの屋敷に入るんだけど、見ての通り今ではすっかり良くなっている。
でも、心配性のナタリアは返したくないらしく今度は僕の剣術の先生として雇い始めた訳なんだけど……
「フィー? その怪我は?」
シアさんが言う通りフィーナさんは小さな傷が所々についている。
転んだにしてはちょっと違うような? 爪痕?
「えっとエミルが猫を抱えてたから、その撫でようと思ったら威嚇されて……」
「エミルさん?」
確か猫を預けたメイドさんだ。
うーんあの猫、怖がってたみたいだし……もしかして人が苦手なのかな? でもそれにしては僕に懐いてくれてたよね?
あ、治したからか……
「もしかして急に近づいたり撫でようとしたんじゃ?」
「ぅぅ……それは怖がると思ったからね? ゆっくりそれも頭は撫でない様に――」
うーん? 単純に猫に嫌われる人なのかな? フィーナさんは……
とにかく、此処で彼女に出会えたのは運が良い。
「フィーナさん、これからその猫の家を作るんだ手伝ってもらっても良いかな?」
「え? それは良いんだけど……」
「どうしたんです? 歯切れの悪い……」
シアさんの言う通り、フィーナさんなら喜んでやってくれると思ったのに――
「先に傷を治してほしいかなーって……ひりひりして痛いんだよ?」
「う、うん分かった。すぐに治すよ」
見れば結構深くやられてる。
もしかしてそれで僕を探していたのかな?
フィーナさんの傷を治した僕達は彼女を連れ、メイドさんと別れた場所まで来た。
するとエミルさんが猫をあやしていて……うん、やっぱり人懐っこい子だね?
きっと機嫌が悪かったんだ、そう思う事にして歩み寄ると――
「にゃぁ~」
僕を見て可愛らしい声で鳴き始める。
もしかして呼んでくれてるのかな?
「ただいま……今から君の家作ってあげるからね」
「にゃーにゃぁ」
まるで会話をするかのように猫に話しかけると、猫もまた返事を返してくれたんだけど……
「なるほどーそうやれば良いんだね?」
フィーナさんを見つけた瞬間――
「シャー!!」
「きゃぁ!? な、何で? 私まだ何もしてないよ?」
フィーナさんの言う通り何もしてない。
だけど威嚇されるって事はそれって――
「もしかして、ですが……フィー……」
フィーナさんが犬の森族だからなのか……
「え? え? なんでシアもユーリも……エミルも納得してるの!? 分かったなら教えて? 私も猫撫でたいよ?」
そうは言うけど、こればっかりは可哀そうとしか言いようがないし……何より――
「あの、フィーナさん……」
「なに? ユーリ」
「知らない方が良いと思いますよ?」
そう言うと彼女はがっくりと項垂れ、尻尾を垂らす――
「何で皆いつもそう言うのかなー……私だって猫好きなのに……」
いつもって事はいつも触ろうとして玉砕してるんだ……
「あは、ははは……その、ユーリ様にシア先輩、先程この子の家を建てるとか……」
「ええ、ナタリア様からお許しをいただきました……ですので、早速材料を用意して家を作ってあげましょう、外に出てしまったりしたら危ないですからね」
シアさんがそう言うとフィーナさんは尻尾を持ち上げ――
「ユーリ達と家を作ったら撫でるぐらいは許してくれるよね?」
猫にそう語りかけるも――
「シャー!!」
やっぱり威嚇されていた……これは多分撫でるのは無理そうだ……
それから、数時間後ぐらいだろうか?
僕とフィーナさんはゼルさんの酒場へと向かっていた。
猫の家はどうしたか? 答えは簡単だ……シアさんに苦笑いをされながらフィーナさんは月夜の花へ向かって欲しいと告げた。
とは言え、彼女一人向かわせればゼルさんは引き止めるだろうし、その所為でナタリアに怒られる。
それで僕がついて行くことになった訳だけど……
「ぅぅ……」
フィーナさんは余程落ち込んでいるのだろう、尻尾はだらりとしていて垂れている耳も更に力が抜けているように見える。
というか、あの猫ちゃんは僕とフィーナさんが一緒に歩き出した所で暴れ始め――案の定フィーナさんに威嚇をしていた。
僕が懐かれたのもその理由の一つなんだろうけど……嫌われ過ぎ……だよね?
でも、猫に嫌われるって事は逆に――
「フィーナさんって犬には好かれるの?」
「へ?」
僕の言葉を聞き彼女は顔を上げるがすぐに――
「あは、ははは……」
「な、なんかごめん……」
嫌われるんだ……あれかな? 縄張り的な……
「何かね、尻尾丸めて去って行くんだよ?」
な、なるほど……そうこう話している内に目的の酒場が見えて来た。
一応僕の鞄にはエミルさんが書いてくれた猫の絵がある。
しかも結構うまくてこれなら飼い主さんも見分けがつくはずだ。
依頼が来てると良いんだけど……そう思いながら扉を潜ると――
「いらっしゃい!! ってなんだ、お前達か! ナタリアがようやくフィーを返す気になったか!」
そう笑顔で尋ねてくるゼルさんには申し訳なく感じるけど――
「そうじゃなくて、今日はちょっと聞きたい事があって来たんだ」
僕の言葉にゼルさんはがっくりと肩を落とすけど、話は聞いてくれるようで――
「なんだ?」
「えっと、猫の飼い主を捜してて迷子の依頼とか来てないかな?」
鞄の中からエミルさんが書いた猫の絵を見せゼルさんに尋ねると彼はそれを眺め顎に手を当てると唸り始める。
「無い事も無いが、確か黒猫だったな……ユーリ悪いが別を当たってくれ、俺も知り合いの酒場に聞いてやる」
「ありがとうゼルさん!」
僕がお礼を言うと彼は豪快な笑い声を発し、びっくり思わず一歩引いてしまうけど……
次第にその声は小さくなっていき、顎である方向を指す。
「もしかして、コレでか?」
「……う、うん」
そこには椅子に座り、落ち込んだ様子のフィーナさん。
ど、どれだけ触りたかったんだろう?
「アイツは昔から犬と猫が好きだが、嫌われるか逃げられるかだからな……」
「そう聞いたよ……」
そうか、やっぱり昔からなんだ……
「まぁ、昔のあいつは好きなモノには抱きつく癖があったからな、小さい動物じゃ逃げだすのにも苦労するからそれを察してるのかもな!」
今回は普通に撫でようとしてただけみたいだけど……猫にはそう伝わったのかな?
まぁ、とにかく――
「フィーナさん、別の酒場に行ってみよう」
「……う、うん、そうだねー?」
フィーナさんは頷くと自身の頬を軽く叩き、よしっ! 意気込む。
その時……僕は女の子になってからあまり女性に反応しなくなっていたのにもかかわらず、心臓が跳ねた。
時々こうなるんだよね……まだ男の時の感情が残ってるのかな? だとしたら嬉しいけど……
「ユーリ?」
「あ、ううん、なんでもない……じゃゼルさん行ってきます!」
「おう! しっかり探してやれよ!」
僕達はゼルさんに別れを告げ、別の酒場へと足を運ぶ。
その先々で――
「悪いな、猫の依頼は無いんだ……」
「今忙しくてな、此処に依頼が書いてある、見てくれ――」
「それはともかく、お嬢ちゃん可愛いね? どうだいうちの冒険者になっちゃうのは?」
最後のはともかく、どの酒場に行っても迷子の猫を探して欲しいと言う依頼は無かった。
なんで? あんなに可愛い子なのに……捨て……いや、そんなことは無いはず。
「見つからないね?」
「うん……街の人にも聞き込みを――」
した方が良いね、そう言おうとしたら目の前に見えたのは小さな男の子。
息を切らしてこっちに向かって来ていて――
「あっ!」
僕は思わず声を上げ、駆け寄った。
「どうしたの?」
フィーナさんは気が付いていなかったのだろう、僕を追って来て――
「大丈夫?」
僕が走った理由をシルト少年へとそう声を掛けた。
そう、少年は転んだんだ……
「ぅぅ……ひっく……」
「傷が痛むの? 待ってて……」
僕がそう言うと彼はぶんぶんと頭を振り――
「僕のネコが居ないんだ……」
その言葉を聞き僕達は気が付いた。
辺りには銅貨が数枚ばら撒かれていて……それを少年はかき集め始めた。
お小遣いを持ってたのか……もしかして今依頼を? でも猫ってもしかして――
「ユーリ、もしかして?」
僕は頷き、少年へ尋ねる。
「その猫って白い猫?」
「っ! お姉ちゃん達、ルゥの事知ってるの!?」
あの猫はルゥって名前だったんだ……とにかく確かめた方が良いよね。
鞄の中に入れて置いた絵を少年に見せると――
「ルゥ!」
少年は嬉しそうな声を上げ、絵を取ると僕達を見上げ――
「何処に居るの!?」
「うん、僕達の家に迷い込んだんだ……」
「本当!? ……良かったぁ」
でも、この子を外に連れ出すのは危ないよね……
僕はフィーナさんへと目を向けると彼女は頷き――
「この子の家は遠いし今日はもう遅いから、明日月夜の花って言う酒場に連れて来てあげるね?」
「あ、うん……」
その言葉に残念そうにするこの子には申し訳ない気持ちになった。
だけど――
「うん! でも間に合って良かった、ありがとうお姉ちゃん!」
そう言って少年は拾い集めたお金を僕に手渡して来て……僕はそれをもう一度少年の手に握らせた。
「お姉ちゃん?」
「僕は冒険者じゃないし、これで猫ちゃんに美味しいご飯を食べさせてあげてね?」
そう言うと少年は大きな目をぱちぱちとさせ――
「うん!」
元気よく頷いた。
その後、その子に聞いた話だと翌日、ミールという街に引っ越す予定だったらしい。
だけど荷物をまとめていたその日に限って可愛がっていた猫、ルゥが脱走……両親には内緒で自分のお小遣いを握って近場の酒場へと向かう途中だったらしい。
でも、それだと本当に間に合って良かった。
そう思いつつ僕達は翌日を迎え――
「うちの猫がすみません……ご迷惑を」
「私達が気が付いていれば良かったんですが、ちょっと目を離した隙に魔物にでも襲われていたら息子が泣いていました」
両親は僕達に頭を下げ、僕は慌てて両手を振り――
「いえ、迷惑だとは思ってないです」
でも魔物に襲われたってのは言わない方が良いね……治したけど……
そう思いつつ僕は少年に大人しく抱かれている猫を撫で――
「もう、逃げ出して心配させちゃ駄目だよ?」
と猫に話しかける。
すると――
「にゃぁ~」
返事を返されたんだけど、少年は眉をひそめ――
「ルゥ分かってるの? 駄目って怒られたんだぞ!」
「にゃー?」
うん、これ多分分かってない。
でも、外は危ないって十分理解しただろうし大丈夫だと信じたい……
そこで僕はふとフィーナさんの方へと目を向ける。
するとそこには項垂れるフィーナさんと彼女の肩に手を置くゼルさん。
「ルゥ! あのお姉ちゃんにもお礼言わないと駄目だぞ!」
「……シャー!!」
何が何でもこのルゥちゃんはフィーナさんが苦手……というか嫌いみたいだ。
それからすぐに彼らは馬車に乗り去って行き――残ったのは僕達だけ……
「わ、私だって触りたいんだよ?」
「分ってる、今度ユーリにでも魔法で猫になってもらえ」
なんだろう、二人の会話が小さくて聞こえないんだけど、何を話してたのかな……?