一つ目「箱庭の少女」
俺は今、牢獄にいる。
何故そんなところにいるか。
それは俺が《盗人》と呼ばれるものだからだ。
捕まると言うことは、
まあその程度の盗人だからなのか、
今回狙ったものが悪かったか、
御上の虫の居所の問題かは定かではない。
しかし、今は此処を出ることを考える。
確かに捕まってはいるが、逃げれなくはないな。
だってよ、牢の外にいる見張り番、
昨日奥さんに逃げられて今燃え尽きてるんだぜ。
「見張り番の親父よ、辛いのはわかるが仕事はしなくていいのかい。」
「うるせぇ!俺の悲しみがわかってたまるか!黙ってろ!」
「仕事もできないから逃げられたんじゃないのか?」
「黙れと言ってるだろ!」
見張り番の親父、からかいやすいな
まあ、怒ってこっちきてくりゃ、あとは俺の世界だ
「悔しかったらこっちに来てみろ、俺を殴ってみろ!」
「言われなくても行ってやる!盗人のその腐った根性叩き直してやる!」
親父が怒り、手錠をかけられている俺の元へきた。
そして俺に向かい、握り拳を突き出し殴ろうとした。
「惜しいなぁ、あと1センチ足りなかったな。」
「き、さ、ま。」
しかし当たらなかった、それは俺が蹴り上げた足が
見張り番の親父さんの鳩尾に入ったからだ。
そして裾から落ちた鍵が高い金属音を奏でる。
狙い通りだ、後は、足を使って鍵を拾い上げてっと。
体がつりそうになるが仕方ねえ。
足を折りたたみ右手の手錠の鍵穴へ鍵を刺した。
後は少し回すだけだ、
案の定鍵が外れた、片手さえあれば
もう一つの手錠は《壊せる》。
右手を振り掲げ、手錠の鎖の部分を殴った。
左手は手錠をつけたままだが、まあいい。
後はこの壁を壊して外に出るか、
ここが外につながっているのは、水の音でわかっている。
俺はスゥッと一息を吸い、両拳を握り、
息を吐くと同時に、右拳を突き出した。
心拳『乾紅葉』
さて、《脱獄》を成し遂げた訳だが。
俺も甘かった、此処は孤島の牢獄島。
名前は知らねえな、興味がねえ。
だけど水の音ってのは波の音だ、
俺はそこからの記憶はない、流されていったのか。
それとも捕まっているのか、わからない。
だが、なぜか布団の上で寝ている。
「おばさーん!目覚ましたった!」
甲高い子供の女の声だ。
「あら、ほんとだわ、お父さん!目を覚ましたわよ!」
え?此処はどこだ。
そしてしばらくして───
「えーと、俺はつまり、海に転がってるのを見つけられて、助けられたと。」
今、さっきの甲高い声の主と
机を挟み、駄弁っている。
「そうなん、わっちが見つけたんよ。」
「そりゃどうも。」
しかし此処は凄いな、お屋敷じゃねえか。
「そうだ、あんた名前は?」
「すまん、俺より先にそっちの名を教えてくれ。」
こんなとこに住むとは只者ではないはず。
少なくとも、名前ぐらいは有名な一家なはずだ。
「わっちの名前は『和葉』と言うん。」
「おう、俺が聞きてえのは姓の方だ。」
「わっちは、まだ若い、その話はできんぞ。」
「そっちの性じゃねえよ!姓名の姓だ!」
「なるほどなぁ、そっちの姓か。」
なんだこの生き物、初めて出会った。
「わっちの姓はないのだ。」
「何故だ。」
いや聞くまでもないか、そういうことなのだろう。
「はいはい、お二人さん話はそこまで!ご飯にしましょう!」
「あ、ありがとうございます。」
「そういえば、あんたの名前聞いとらんの。」
「俺は『三ッ葉』だ。」
「そうなんか、よろしくな三ッ葉。」
そこから俺は、この「和葉」と、
『桜花家』と言う家の夫婦にお世話になった。
そしてある日のこと──
「なあ、三ッ葉。」
「なんだカズ、腹でも減ったのか?」
「違うなん、わっちは何故ここにいるのだ。」
こいつは、養子だ、それ以外の可能性が薄い。
「それは、桜花さんが優しいからだろ。」
「わっちは、この屋敷から、出た事が余り無い。」
「あの夫婦、過保護だからな。」
いつも、夕飯前沈む夕日を見つつ駄弁るのがここ最近の日課だ。
「三ッ葉、今日の夕陽も一段と綺麗だなとわっちは思うん。」
「そうだな、いつもよりちょっぴり綺麗だな。」
「三ッ葉、この夕陽をこの場所以外から見たら、
どう見えるんかな。」
「そうだな、同じ世界なのに、別の場所みたいな感じになるぜ。」
「見てみたいのだ。」
「何をだ?」
「この屋敷の外に広がる別の世界を。」
少し暖かい春の風が吹く。
そして、この一言から俺の人生に、
意味が生まれた気がした。
「この屋敷から、わっちを盗んではくれないか?」
「盗むって、何を言って──」
カズは、懐にしまっていた一枚の紙を取り出し、
俺の手に押し込んだ、そして
「三ッ葉、もう追っ手は近くまで来ているんぞ。」
紙は開かずとも、内容はわかりきっていた。
「和葉、お前。」
「わっちは何も知らん、ただの願いなん。」
「カズ、今晩俺は出る。」
「三ッ葉は、悪い人ではない気がするん。」
「さっきの紙を見てもそう思うか?」
「人の感じ方は人それぞれじゃろ?」
「それもそうか。」
そして叔母さんが、飯の時間だと知らせに来た。
その晩、いや真夜中──。
俺は、この家を出た、
薄く淡く広がる月の光が、
これから始まる、いや始める俺の数奇な人生を祝福いや、嘲笑ってる様に照らしていた。
家を出ようと門の近くに行った。
そこには、月明かりに照らされ、
その小さい体から伸びる長い影、
そして一言、
「わっちも、行こう。」
「厄介な荷物だ、しかし重くはねえかな。」
月に見られながら、闇に溶けるその姿。
彼は盗人《三ッ葉》、天下の大罪人。
今宵の獲物は一人の箱庭の中にいた少女だ。
そして、夜明けの頃、彼の名前はこの国に轟くだろう。