イーストロンドからの出航
西の空が朱色に染まる。
もうずいぶん遅い時間なんだけど
まだまだ明るいのは夏の夕方だからだ。
西日でも陽射しはきつく感じる。
それは王都よりも南に南下したからなのか
普段よりも暑く思えた。
僕たちのこっそり乗り込んだ馬車は、ほぼ予定通りイーストロンドの港町にたどり着こうとしていた。
たぶん船に乗るのは明日の朝一番の船になるだろうとカラスのフゥは予想していた。
だとすると明日の朝まで馬車に隠れているか、それともこっそり船に乗り込んで安全な隠れ場所を確保するかのどちらかだろう。
だんだんイーストロンドに近づいてみると、流石はグランフォード領で最大の港町と言うだけはある。
港には初めて見る大きな船が何隻も停泊していて、なかにはすでに出航準備をしているのか煙突から煙が出て警笛を鳴らして出航の合図をする船もあった。
「わぁ~。すごいね。船いっぱいだね。」
イーストロンド港に無事に到着したのである。
グランフォード領で最大の港町でありグランフォード海軍指令本部も、ここイーストロンドにあり軍港でもあるらしい。貿易の中心地で他国からの船も数多く行き来している。王都グランフォードよりも活気に溢れているかも知れない。
僕は初めて見るたくさんの船に、かなり興奮ぎみで楽しくて仕方なかった。
僕たちは港を見下ろせる高台にある建物の陰に隠れて作戦会議だ。
「おい。あそこ見てみろよ。黒い船が並んでるだろ。グランフォードの軍艦だな。まぁ軍港だから当たり前だけど、出航準備をしているのが気になるな。 ブリムーンの港町へ向かうのかも知れない。」
フゥは僕たちの行き先とグランフォード軍の行き先が同じなのではないかと不安を口にする。
すでに軍がシルヴレインの魔導書の情報を手に入れているということなんだろう。
「簡単にはいかないかもしれないわね。」
スゥもため息まじりでテンションが下がってしまった。
先行き不安ではあるが、とにかく乗り込める船がないか、または船に乗るのは明日にして今晩泊まる場所を探すのか決めなくてはならない。
「明日にして、もしも乗れなかったことを考えたら
今日中に乗り込んでおきたいところだな。出航準備をしている民間船を探すか…。」
フゥは港の並んだ船を見て言った。
僕たちは港の船ばかり眺めていて、静かに近づいてくる者に気が付かなかった。
「ダメだよ。民間船なんかでブリムーンに行くなんて無茶だよ。今ブリムーンは厳しく検問したりして商人や民間人の馬車や荷物も検査されている。君たちみたいな使い魔は捕まっちゃうよ。」
いきなり早口で、捲し立てるように知らない男が僕たちを叱責した。男は若い青年で商人でも軍人でもない普通の民間人の格好をしていた。
「だれ?!何で僕らが使い魔だとわかったの?」
僕は青年の話の内容よりも、使い魔なのがばれてしまっていることが気になった。
「大丈夫。怪しい者じゃないよ。俺はハリス。魔法は使えないけど魔力はあるみたいでね。ご先祖が魔術士だったのかも。偶然に君たちの話が聞こえたのでね。しゃべれる動物なんて使い魔くらいしか知らないしね。ハハハ。」
僕たちはぐうの音も出なかった。この人が軍人や役人なら捕まっていたかもしれない。しかしまだ青年を完全には信用できるはずがなかった。
「とりあえず話を聞こうか。」
カラスのフゥが怪しみながらも応えた。スゥはいつでも攻撃できるよう、蛇独特の鎌首を上げる動作で身構える。僕も練習はしているが実戦で初めて使うネコパンチの魔法のパワーを溜めなくてはならない。
「俺はこれから、あの軍艦に乗ってブリムーンに行くけど、軍人じゃあない。砂漠にあるシルクゴートって町の遺跡調査に雇われただけの一般人さ。」
ハリスの話に嘘はないように思えるが警戒は解かない。
「それで?僕たちに何か用なの?」
ハリスが僕たちを使い魔と知ったうえで密告もせず、捕まえる様子もない。けど何か意図はあるはずだ。僕は気付かれないようにネコパンチのパワーを溜めながらたずねた。相手の出方によっては闘わなくてはならないかも知れないからだ。
「使い魔の君たちを見つけて確信したのさ。調査するのが昔の魔術士の墓だし、魔法に関係あるお宝が隠されてるんだろうとね。察するに君たちの目的も同じでシルクゴートへ行くつもりだろう?」
ハリスには僕たちの予定が全てお見通しかのように何もかもバレバレみたいだ。
「それで何が望みなんだ?俺たちのことを軍に密告しないかわりにな何かさせたいのか?」
カラスのフゥも攻撃態勢をとりながらハリスと向き合う。
「おいおい!待ってくれ!密告もしないし何も強制しないから、そう身構えないで聞いてくれよ。」
ハリスは誤解だと身ぶり手振り説明に必死になる。
あまり武闘派のようには見えないし、僕は本当のことを言っていると信用することにした。
「俺は軍に金で雇われている。正直、報酬はそんなに高くはない。大勢雇われているみたいで軍艦の方には結構な人数が集まってる。だから報酬には期待していない。だけど第一発見者にはボーナスが出るんだ。俺はそれを狙いたい。」
「要するに、密告しないかわりに宝物は頂きたいと言うことなのか。」
カラスのフゥは応えた。
僕たちも、宝物は必要だ。宝物とはたぶん魔導書なのだから簡単に渡すわけにはいかない。
「いや。そうじゃないんだ。どうせ俺たち作業員が宝を見つけても分けてはもらえないだろう。だから
君たちが見つけても、俺が見付けたことにして欲しいんだ。軍は今、西国に遠征中だから人手不足なんだ。だから俺がボーナスを受け取った後に、お宝を軍から盗めばいい。手薄だし油断してるはずだから簡単だろ?な?必ず手伝うから!頼むよ!」
ハリスは必死に訴える。あまりいい話ではないかも知れない。軍に魔導書が渡ってしまったら、そう簡単に手に入れることができないかも知れない。それに当たり前だけど、僕らやハリス以外の調査員や軍人が宝物を見付ける可能性もある。だけど僕はリリーの言っていたことを思い出した。
「すこし僕たちだけで話合わせてもらってもいいかな?」
「もちろん、もちろん。」
僕たちは少し離れた場所へ移動してヒソヒソ内緒話を始めた。
「僕、思い出したんだけど、リリーは魔導書の存在を確認するだけでいいって言ってたよね?だからハリスの希望通りにハリスが見付けたことにしてもいいんじゃないかな?魔導書は、見付けるだけでいいんだし。おまけに盗み出すの手伝ってくれるって言うし、最悪手に入らなくてもいいんだから。フゥもスゥもどう思う?」
フゥもスゥも少し考え込む様子はあったが、すぐ納得したようだ。
「そうだな…そういうことにして、あの男を利用することにするか。」
フゥは男を都合よく利用することに決めたようだ。
「そうね…裏切ったらただじゃおかないけど。」
スゥは裏切りに警戒しつつも賛成はしたようだ。
僕たちの話し合いはなんとか賛成で一致して、ハリスの提案に同意することにした。これから僕とスゥはハリスの荷物に紛れてハリスと共に軍艦に乗り込む。カラスのフゥは空から簡単に乗り込めるだろうし後から合流することにする。
「そうと決まれば、もう乗り込もう。お腹空いてるだろう?雇われた調査員は食べ放題飲み放題なのさ。用意するよ。さぁ、行こう。」
僕たちはハリスに出会ったお陰で意外に簡単に軍艦に乗り込むことに成功した。このまま1日半程でブリムーンの港町に着くはずだ。それから先のことはまたあとで考えよう。
やがて夜になり満天の星空の下、僕たちの乗った軍艦は出航した。ハリスの言う通り思ったより乗り込んでいる軍人は少ないように思える。
ハリスの船室に食事も用意してもらい、やがてカラスのフゥも船室に潜り込んだ。みんなで食事しながら雑談をして親睦を深める。
ハリスは故郷に病気の父親がいるらしく、そのためにお金が必要なこと。
今回、僕たちのような使い魔に偶然出会えて、この作戦を思い付いたこと。
遺跡は狭い場所も多くて人間より小さな動物である僕たちのほうが宝物を見付けやすいと思ったこと。
調査隊の軍人達を指揮しているのが、王のお抱え魔術士の一人だと言うこと。
魔法について使い魔の僕たちのほうが詳しいかも知れないと思ったこと。
いろいろ話した。
僕たちが身に付けた魔導器で魔法が使えることは内緒にしたままにしておいた。
敵に魔術士がいるのならできるだけ魔法のことはバレたくないからだ。
ハリスを信用しないわけではないけど、みんなの安全のためなのだ。
とにかく、作戦以外の雑談では冗談を交えて楽しい時間を過ごした。夜遅くまで…
僕は憧れの船にも乗ることができて楽しくてウキウキ気分である。船からの景色なども楽しみたいところだが、軍人や他の雇われ調査員の目もあるし気を付けなくてはいけない。
夜の闇に紛れて、真っ黒い僕とカラスのフゥは船室を抜け出して外へ出た。夜の海は灯りも何もなく、ただひたすら真っ暗で船が波をかき分ける音と船の帆が風を受ける音だけが聞こえている。
「星がすごく綺麗だねぇ。海の風も気持ちいいし。」
「そうだな。昼間は暑かったけど夜はこんなに涼しいんだな。」
「明日も無事にうまく行くといいね。」
「ああ。大丈夫だろ。明日には魔導書見つけられるかもよ。
「そんな簡単にいくかしら?誰かさんがドジ踏まなきゃいいけど。」
いつの間にか白蛇のスゥも来ていた。
僕たちはみんなで満天の星空を見上げた。
「大丈夫だよ。みんなで力を合わせれば、何でもできるよ。」
「ああ。そうだな。」
「うん。そうね。」
僕は初めての船、初めて行く土地、好奇心で楽しみで仕方なかった。明日何があるかわからないし早く寝ておいたほうがいいはずなんだけど、なかなか寝付けなくて夜更かししてしまったのは言うまでもなかった。
使い魔だけの不安な旅に、ハリスという男も加わった。まだ少し僕たちの冒険は続くようだ。