マーガレットとエリザベス
日増しに暑くなり本格的に夏になり始めたある日の昼下がり。魔力が無くては入れない少々奇妙な街ミルキーガーデンも外界と変わりなく暑かった。
昼食を食べ終えて、帰路につくはずの僕とリリーに
話しかけた少女は大きな蜘蛛を連れていて、一目ですぐ魔女だとわかった。この大きな蜘蛛はやっぱり使い魔なんだろう。僕は直感したんだ。
「やっぱりリリーよね?ネコを連れているからわからなかったわ。もしかして、また新しい使い魔なのかしら?それに、その気持ち悪いたくさんの気持ち悪いカエルもそうかしら?気持ち悪い!」
魔女っぽい少女はカエルを見て、少し気持ち悪そうに顔をしかめながら気持ち悪いを連呼した。見た目はリリーよりもお姉さんに見えた。身長もリリーより少し大きかった。見上げる僕を少し冷たく見下ろしているように感じた。
「なんだ…マーガレットか。お前に用はない。それに私がどれだけ使い魔を連れていようと、お前には関係ないはずだ。」
なぜだかリリーは、やたらと喧嘩腰だ。さっきまでご機嫌だったのに…仲が悪いのだろうか…。
マーガレットと呼ばれた少女も負けてはいないようだ。
「お前って言うなっ!あんたいつもそう!」
「お前にあんた呼ばわりされるのは気に入らん!」
なんだか口喧嘩が始まってしまったようだ。僕は二人のあまりの迫力に少しひいてしまって後ずさった。
気が付くとマーガレットの側にいたはずの大きな蜘蛛がいつの間にか僕のすぐ側に接近してきた。
驚いた僕はとっさに身構えた。
「初めまして、黒猫さん。私はエリザベスよ。よろしくね。あの二人いっつもこうなのよ…また長くなりそう…。」
大蜘蛛の急接近にびびってしまったけど意表をついた愚痴を聞かされて、僕はほっとした。
「初めまして、こちらこそよろしくね。僕はミゥだよ。」
お互い自己紹介を済ませ僕たちは仲良く雑談した。リリーとマーガレットのこと。マーガレットのことをエリザベスはマギーと呼ぶこと。マギーが占いで生計をたてていることとか。
一時間近く続いた口喧嘩もやがて終息を迎え僕はリリーと、エリザベスはマーガレットと帰ることになった。僕とエリザベスは仲良くなれそうだし、別れ際にちゃんと挨拶も交わした。リリーとマーガレットはお互いに、ぷいっとそっぽを向いてしまっていた。
「またね、エリザベス。」
「うん。ミゥ、またね~。」
マーガレットとエリザベスと別れた後、リリーの
買った四匹のカエルが一匹減っていた。
「今頃あのカエルが爆発しているだろう。ハッハッハッ。」
リリーは笑いながら言った。僕はちょっと怖かったけどカエルは詐欺で爆発もしないのが何となくわかっていたからそのまますぐ忘れていた。
リリーもそのまま忘れてしまったし、残ったカエルは僕が後でこっそり逃がしてあげたのは内緒だけどね。
でもマーガレットは買い物をした荷物のカバンに気持ち悪いと連呼していたでっかいカエルが入っていたら爆発しなくても死ぬほど驚いたんじゃないかな…
僕は次に会うときにまた喧嘩になるんだろうと思いながら帰り道を歩いた。
「さて、帰るにはまだ少し早いな。ミゥに会わせたいやつがいるんだがもう疲れたか?」
そう聞くリリーに僕は即答した。
「平気だよ。会わせたい人って?」
「人とは言ってないがな。」
リリーはそう言って僕を抱き上げてミルキーガーデンの出入口のドアに魔法をかけて開けた。
ドアをくぐった向こう側は、大きな木々がうっそうと生い茂ったちょっと暗い森の中のような場所だった。リリーは僕を下ろしてドアを閉めた。薄暗い森の中にポツンとドアだけが置いてあって周りの景色と合っていなくて変な感じだ。
「ミゥ、こっちだ。決して離れずに後ろを着いてくるんだ。魔除けの結界を張った道を通る。はみ出すと死ぬぞ。この辺りの魔物は厄介だからな。」
リリーは僕のほうは見ないで、辺りを警戒しながらそう言った。こんなリリーは初めて見る。
「うん。わかった。」
僕は周りをキョロキョロ見回しながら返事をして魔物を探した。けど魔物の姿はなく辺りは静まりかえっている。本当に魔物なんかいるのだろうか…
そう思いながら、リリーの後をゆっくり着いて歩いた。
後ろから見ても、リリーの警戒した様子はひしひしと伝わって緊張感が漂う。ゆっくりとしか進まない。魔除けの結界を外れないように探り探りに進んでいるようだ。結界内では魔物には見付からず気配も勘づかれないらしい。
しばらく歩くと、すぐ側に綺麗でふわふわのネコじゃらしのような植物があって、僕は少し気を引かれた。
「リリー、この草は何?僕ちょっと欲しい。」
そう言いながらネコじゃらしのような植物へ近づいた。ほんの一瞬の出来事だった。
「ダメだ!!近づくな!!」
リリーが叫んだ。
だけどもう遅かった。
食虫植物。匂いなどで小さな虫を誘き寄せ丸飲みにしてしまう植物がある。
この森の食虫植物は魔物化しており巨大で獰猛だった。 普通は丸飲みにするはずだが、こいつは鋭い歯があり獲物を一瞬で食いちぎる。
僕はリリーの側をほんの一瞬離れただけで魔物化した食虫植物に襲われてしまった。鋭い牙のような歯で噛みつかれた。即死。本来なら僕は死んでいたはずだ。
カキーンと甲高い衝撃音が森に響く。
噛みつかれたが僕の身体は見えないオーラのような何かに守られていた。
「グオオ…」
悲鳴かうめき声か植物なのに苦しそうな声を出した。
僕は生きていた。リリーがくれた結界付きの首輪のお陰で僕は難を逃れた。
次の瞬間、リリーの魔法が魔物を焼き払った。炎の魔法だ。
「ギャァー」
断末魔の叫びをあげて、あっという間に魔物は火だるまになってやがて黒焦げになった。
「大丈夫なようだな。」
リリーはホッとした様子だった。
僕は恐怖と驚きで体の震えが止まらなかった。
「リリー、ごめんなさい。」
僕は震えながらリリーを見上げた。
「いいんだ。次からは気を付けろよ。」
リリーは優しくそう言いながら僕を抱っこして歩き始めた。
「さっきのやつは火に弱くてまだ良かったんだ。この森にはもっと厄介な魔法も効きにくい魔物もいるからな。そいつらに見つかったかもしれん。先を急ぐぞ。」
そう言うと、リリーは僕の知らない新たな呪文を唱えた。するとリリーの走るスピードがみるみる速くなった。速く走れる魔法のようだ。
あっという間に目的地に着いたようだ。リリーは立ち止まり僕をそっと下ろした。息ひとつあがっていないのは速く走れる魔法のせいだったからなんだろうか…
やっとの思いでたどり着いた場所はとても綺麗な湧き水が溢れる小さな泉だった。薄暗い森だと思ったけど、ここだけは日が少し射し込み、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「着いたぞ、ここだ。ウンディーネ!気付いているんだろ?出てこい!」
リリーは泉の方へ向かって、叫んだ。
すると泉の水面がポコポコ音をたてて盛り上がった。ザザーっと泉から水の塊が浮かび上がりやがてその塊は人の形に変わった。
「騒がしいですね、リリー。いつもはお構いなしに呼びつける貴方にしては珍しい。なにか用ですか?それと森の生物を無闇に殺さないでください。彼らも生きているのですから。」
ウンディーネとリリーが呼んだ人型の水の塊は、透明で透き通っていて、光に当たってキラキラしていて、とても綺麗に思えた。
「そう言うな。今回は礼も兼ねて挨拶に連れてきたんだ。わざわざ呼び出すのをやめてな。ミゥ、紹介しよう。水の精霊ウンディーネだ。以前にミゥが死にかけたとき助けてもらったんだ。」
リリーはウンディーネを、僕にそう紹介した。
「え?このウンディーネさんが僕を助けてくれたの?リリーじゃなかったんだ?」
僕は、リリーが命の恩人だと思っていたから、少しビックリした。」
「私は薬は作れても残念ながらヒーリングの魔法は使えないんだ。薬には死にかけたお前を助けるほどの即効性はないからな。ウンディーネに頼んで助けてもらったんだ。」
リリーの説明を聞いて、僕は納得した。リリーもウンディーネもとどっちも命の恩人だ。
「助けてくださって、ありがとうございます。ウンディーネさん。」
僕はお礼を言いながら、神秘的な姿のウンディーネに見とれていた。
「元気になって何よりです。けれど助かったのは貴方の生命力のお陰ですよ。私は手助けをしたに過ぎませんから。貴方の生きようとする精神が死に打ち勝ったのです。」
ウンディーネは、僕を諭すように答えた。
もう少し話していたかったけれどウンディーネとリリーはなにか気配を感じて森の方を振り向いた。
「森の主が怒っています。リリー、貴方のせいですよ。もう帰りなさい。」
ウンディーネはそう言って、穏やかな口調で僕たちに帰るように促した。
「……そうするとしよう。」
リリーの少しの間はウンディーネの穏やかな口調からは想像できないくらいヤバイ状況なのかもしれない。僕にはまだ感じられなかったけど何かがこちらに近づいて来ているみたいで緊張感が漂う。
リリーと僕がウンディーネの泉を離れようと振り向いた瞬間、戦慄が走った。まだ目視できないがすぐ側に何物かが来ている。森の木々の間からギラリと光る目が一瞬見えた。
僕は身構えた。リリーも動かずに警戒体制をとったまま、何か呪文を唱え始めた。
「やめなさい、リリー。貴方の魔法は傷つけるばかりです。また殺してしまってはもっと酷い状況になりかねません。ここは私に任せて立ち去りなさい。さあ!早く!」
ウンディーネは魔法で攻撃体勢のリリーを制止して
僕たちに帰るように言った。
「ガルルル!!」
次の瞬間、一番弱そうな僕を狙ったのか魔物が猛烈な速度で突進してきた。僕は身構えたまま、恐怖で硬直して動けなかった。
危機一髪とっさにリリーが僕を掴んで魔物の攻撃を巧みに避けて地面を転がった。
襲ってきた魔物はとても大きくて虎のような獣の形でありながら樹木でもある不思議な生物だった。
ウンディーネはリリーに攻撃をやめるように言っていたけどリリーは完全に魔物を仕留める気なのか呪文を唱えるのをやめなかった。
だけどリリーが魔法を放つより早く、ウンディーネが手を振りかざすと泉の水が、何十いや何百もの水の玉になって魔物に襲いかかった。
瞬く間に水の玉は魔物を取り囲み、やがて水の玉は大きな丸い水槽のようになり魔物を飲み込んだ。
魔物は水の玉の中で苦しそうにもがいている。
「長くは止められません。今のうちに立ち去りなさい。」
ウンディーネは水の中に魔物を一時的に閉じ込めてはいるが長時間、閉じ込め続けることはできないみたいだ。
リリーと僕は、速く走れる魔法で来たときの道を全速力で走った。森に来たときはリリーに抱かれていたけど帰り道は、速く走れる魔法の速度を自力で体感できた。それは今まで感じたことのなかった疾走感で、恐ろしい森で恐い思いをしたにも関わらず、すごく気持ちが良かった。
あっという間にドアのある森の入口まで僕とリリーは戻ってきた。
「なんとか逃げ切ったな。アイツには魔法があまり効かないからな。ウンディーネにまた借りができてしまったな。」
リリーは安心した様子で、ちょっとうれしそうな表情で言った。
僕たちはドアをくぐりアジトへ帰った。
「遅かったな!ずっと待ってたんだぜ!」
アジトの部屋には、カラスのフゥと白蛇のスゥが待っていて良い知らせがあるということで、賑やかにフゥが出迎えてくれた。それはフゥが、十三賢者の魔導書の情報をつかんだといううれしい知らせだった。