リリーの仕事
今朝は暑くて目が覚めた。鼻と肉球がしっとりと汗をかいていて、外からはやかましく蝉の鳴く声が朝早くから聞こえる。本格的な夏の到来である。
涼しいときは丸まって寝る僕だけど、こんなに暑いと長くなってお腹を上に向けて寝てしまう。
お世話になっているパン屋の娘のシンディは、そんなだらしなく寝ている僕を可愛いとモフモフと撫でてくれるけどお腹はくすぐったいし、暑いから本当は触られたく無かった。うれしいんだけど気まぐれなお年頃なんです。
いつものように、パンをバスケットに入れてもらって、いつものように配達に出かける。
僕の一日の始まりだ。馬車に揺られて秘密の小屋へ僕は毎日パンを届けていた。
僕はみんながご飯を食べ終わるのを待って、今日も仕事へ出発する。例の魔導書を探す仕事だ。
毎日、繁華街や人の集まる場所へ行って人間の話を盗み聞きしているけど、めぼしい情報は無かった。
カラスのフゥも白蛇のスゥも、同じくこれといった情報を手に入れてはいなかった。
「さっぱりだねぇ。ミゥは今日どこ行くんだ?」
フゥも、どこへ行こうか悩んでいるようだ。
「まだ決めてないよ。どうしようか…今までは、どうやってたの?それに魔導書がみつかったりしたことがあるの?」
僕はストレートな質問を投げかけた。
しばらく間があったあと、フゥは答えた。
「あるよ…一度だけ。スゥが情報を手に入れて魔導書を見付けた。盗人の情報だったかな?」
「うん、そう。盗掘をしていた盗人の情報で古い本を見付けたけど、開けないし表紙の文字も読めないって話してたのを聞いたから。」
スゥはちょっとだけ誇らしそうに見えた。
フゥはまだみつけていないからなのか少し不機嫌そうな顔をした。
開かない本はやっぱり魔導書で魔法によって鍵がかけられていたらしい。リリーはあっけなく盗人から
魔導書を奪い、鍵もあっさり開けたみたい。
そんなふうに僕にも魔導書が見付かるといいけど…
正直、全く当てがなかった。
リリーはというと毎日忙しそうに朝ごはんを食べたらすぐ、例の魔法をドアにかけどこかへ出かけていた。
僕は気になって、今日はまだ出発していないリリー
に聞いてみた。
「リリー、いつもどこで何をしてるの?」
リリーは支度をしていたが立ち止まって、僕のほうを振り向いた。
「そうか、ミゥは私の仕事を見てなかったな。今日は付いてくるか?」
僕は気分転換も兼ねて、即答でリリーに付いていく
ことを決めた。
「うん、行くよ。行きたい。」
「なら付いてこい。今日は月曜日だから畑と薬草探しに行く。」
「はいっ!」
僕は元気よく返事をしてトコトコと早足でリリーを
追いかけた。リリーはいつものように魔法を唱え物置部屋のドアに手をかざす。魔法陣が現れてリリーとドアをくぐった先は、いつもの蒸し暑い物置部屋ではなく、ずいぶんと涼しくてキレイに片付いた部屋だった。
部屋はさっきまでの森のアジトよりは狭いけど、きちんと整理整頓されていて何やら薬品らしき瓶が、たくさん並んでいた。
「ここは?ずいぶん涼しいね? 」
僕は涼しさが気持ち良くて、ついつい喉を鳴らしてしまうくらい嬉しくなった。
「薬草を入れる瓶を取りに来ただけだ。ここは私が薬を調合する為の小屋だ。ここ以外にももう一軒あるんだ。ここは涼しいだろう?ここは王都からはかなり北にあるからな。外を見てみろ。」
リリーに言われて、窓の外を見た。
そこから見える景色は向かいの山の上に万年雪の見える涼しいよりも寒そうな雰囲気で、この小屋自体も山の斜面に建っているのがわかった。
「外に畑もある。涼しい地域にしか育たない薬草なんかを植えてあるんだ。そういう草は調合するのも涼しいほうが良かったりするからな。」
リリーはお目当ての、瓶を抱えて僕に次の場所へ行く合図をした。
またまた魔法を唱えドアに魔法陣が出てまたまたドアをくぐると、そこはまた違う部屋で今度は森のアジトよりも蒸し暑く感じる不快感たっぷりの場所だった。
「暑い…」
モワァっとする熱気でちょっと立ち眩みがするくらいさっきまでの涼しい部屋とは温度が違っていた。
「フフッ。暑いだろう?ここはかなり南にあって湿度も高い。そういう気候を好む薬草を植えてある。
ここで少し薬草を収穫するぞ。」
リリーはそう言って、部屋の外へ出ていった。
僕はリリーの後を追い日射しのきつくて暑い屋外へ出た。強烈な日射しで地面も熱く焼けていて、肉球がちょっと熱い。
「ミゥはネコなんだし収穫できないだろう?暑いから影で待っていろ。」
そういうとバケツに水をたっぷりと汲んできてくれた。そしてバケツの水に向かって何やら呪文を唱えた。
すると、たちまちバケツの水は凍りつきカチコチになったのだ。氷から漂う冷気も涼しい。
僕はリリーの言葉に甘えて日陰で氷バケツで涼んで待っていた。何気なくリリーの優しさを感じる。
リリーは麦わら帽子を被っていて、服装はいつものように魔女には見えないオーバーオールで、手慣れた手付きで次々と収穫していった。やかて収穫を終えた薬草を乾燥させる為に地面に綺麗に並べた。
「このまま二日間乾燥させたら、すりつぶして粉末にするんだ。」
リリーは汗を拭いながら僕に薬の作り方やどんな薬ができるのかとか色々丁寧に説明してくれた。
リリーは薬草を栽培したり自然に自生しているのを収穫してそれらを薬に調合。販売して収入源にしているらしい。
そのあと、またまたドアの魔法で知らない場所へ行って、自然の薬草を何種類か摘んで今度は始めに行った涼しいほうの小屋へ行き、同じように乾燥させる為に地面に並べた。
「よし!朝の作業はこれで終わりだ。そろそろ昼食にしようか。」
リリーは、手を洗いながら僕に言った。
僕はご飯が楽しみだった。働いてたのはリリーだけでそんなにお腹は空いてなかったけど、毎朝見逃すいつの間にか美味しいご飯ができあがる魔法がどんなものか見たかったからだ。
だけどリリーは、魔法でご飯を作らずにどこかへ食べに行くみたいで、ちょっと残念に思ったけどそれはそれで楽しみだった。
「いい所に連れて行ってやろう。ミゥはまだ連れて行ってなかったからな。気に入るといいな。」
リリーは少し楽しそうに言って、僕に微笑んだ。
そして、僕が見ているにも関わらず、大胆に服を着替え始めた。僕はとっさに目を反らしたんだけど、ちょっと見えちゃたんだ。おっぱいは小ぶりだった。リリーは身長は160センチくらいでスレンダーでなかなかの美人だ。髪は長い黒髪で僕と一緒の真っ黒だ。
やっぱり僕がネコだから気にしてないんだろう。
僕だって男だから気になるんだけどね…
リリーは汗をかいたから着替えたのかと思ったんだけど、どうやら違ったみたい。
「今から行くところは、魔力がないと入れない場所なんだ。いかにも魔女らしい格好で行くと薬がよく売れてな、あそこへ行くときは必ず着替えるようにしているんだ。今日はミゥを案内するから商売はしないがな。」
リリーは着替えながら、そう言った。
魔女らしい黒いワンピースに、派手な貴金属のネックレスやブレスレットに指輪、イヤリングも着けていて魔女っぽい黒い革の三角帽子も被っていた。
さっきまでのかわいらしい、リリーとは雰囲気が変わって、大人っぽいお姉さんに見えた。
「待たせたな。さぁ、行くか。」
そう言うと、リリーは僕を抱っこしてドアに魔法を唱えた。魔法陣が現れてドアを開く。
「ここは魔術士の隠れ里と言うべきかな…魔術街ミルキーガーデンと言う。」
リリーに抱かれて魔法のドアをくぐった先は、魔法使い逹が身を守る為に作られた街で箱庭なんだと聞いた。いつ、誰が作ったのかも謎らしく魔力のない部外者は来ることができなくて、どういう仕組みなのか、どういう魔法なのか、全くわからない不思議な街だ。
ミルキーガーデンの街は、そんなに広くはなく街の端が見える距離にあった。空もなくて天井があり四方も壁に囲まれてまさに箱庭だった。
そんな狭そうな街なのに多くの人で賑わっていた。
「この人逹、みんなが魔法使いなの?」
僕はリリーに抱かれたままでキョロキョロ辺りを見回しながら尋ねた。リリーのように魔法使いっぽい人もいれば、そうは見えない人もいる。それに僕のように使い魔なのかペットがやたらと多かった。
「みんながそうではないさ、だが魔力は持っているはずだ。じゃなきゃ、ここには入れない。」
魔力が無いと入れないという街ミルキーガーデン。
窮屈そうな小さな街に思えたけど、魔法使い逹には
安心できる貴重で大事な場所なんだと感じた。
外界というか外の世界では理不尽に捕まって、処刑されたりする。もしもリリーが捕まったりしたら…
そう考えるだけで僕は怖くなった。
「ミゥ、何か食べたいものはないか?この街なら何でもあるからな。何でも言ってみろ。」
リリーは何だか楽しそうだ。僕もこの街にビックリしていたけど段々楽しくなってきた。
「うぅ~ん…魚食べたいかな。」
「わかった。」
リリーは返事と同時にニッコリ微笑むと、たくさんの人混みをかき分けスイスイと歩き出した。
ミルキーガーデンには漁師や農家をやっている魔術士もいて新鮮な食べ物はいつでも豊富に手に入るらしい。その新鮮な食材を使った料理屋もたくさん並んでいた。あちこちから美味しそうな匂いが漂ってくる。リリーと僕はそのうちの一軒へ入った。
「親父さん、この子に旨い魚料理を頼むよ。」
リリーは顔馴染みなのか、親しそうに料理屋の親父にそう言って席に着いた。
「はいよっ!リリーちゃん久しぶりだなぁ。今日は活きの良いのが入ってるよ。待ってな。」
親父は威勢よく応えながら、僕に微笑んでくれた。
やがて美味しそうな匂いがしてきて、間もなく美味しそうな料理が運ばれてきた。
焼き魚や、煮魚。それにお刺身など、いろんな魚料理が食べきれないほど出てきた。
「うわあぁ!おいしそうぉ!」
美味しそうなテーブルいっぱいの料理に僕は喉をゴロゴロ鳴らしながらガツガツ食べた。
「ミゥ…そんなに急いで食べなくても、料理は逃げないぞ。」
リリーも食べなから、僕の食べっぷりを見て笑いながら言った。
しばらくして…
「あぁ~。もう入んない…苦しいよ~。」
そう言って苦しそうにもがく僕をリリーは少し呆れて見ていた。
「もう入んないって、もう残ってないだろ…あんなにあったのによく平らげたもんだ…食べ過ぎだろ。」
たくさんの料理で埋め尽くされていたテーブルは空になったお皿ばかりになっていた。料理を食べ尽くしてお腹がパンパンにふくれて動けなくなった僕はリリーに抱かれて店を出た。
普段ならリリーは昼食後も薬草摘みや薬の調合の作業に戻るらしい。でも今日は僕がいるし、しかも動けなくなってしまったので特別にミルキーガーデンを案内してくれることになった。
リリーは僕を抱っこしたまま、色んな店を案内してくれた。でもなんだかリリーの買い物に付き合ったみたいな感じにも思えた。魔法に使うらしきアイテムを売っている雑貨屋さんだったり、魔法や薬で育てた奇妙な植物だったり、見たこともない怪しい物も多かった。
僕は思い出した。前にカラスのフゥと白蛇のスゥに聞いたことを。それはリリーがくだらなくて胡散臭いマジックアイテムを大量に買ってしまうことを。
魔法や魔女のことは、詳しくはわからないけどリリーはなかなかの魔女なんだと僕は思っている。
なのに詐欺師まがいの胡散臭いマジックアイテムを簡単に騙されて買ってしまうのだ。
僕はリリーに抱かれたまま買い物を見ていた。どう考えても必要ないし、胡散臭い爆発するカエルを買っていた。どこから誰がどう見てもただのカエルだ。しかも一匹が5000マーブルもするのだ。それをリリーは四匹も買った…。
「なんで?リリーそれほんとにいる?」
僕は何回もリリーに聞いたんだけど…。
「え?面白いじゃないか?何かに使えるかもしれん。」
リリーは僕の忠告なんか聞かずに目をキラキラさせて、カエルを買い占めた。
リリーがカエルを買ったから、僕は結局自力で歩くことになった。苦しいけど仕方ない。
このまま買い物を続けたら大切なお金を使いきりそうなので、僕はなんとかリリーに連れて帰ってもらうことにした。
「リリーもう帰ろうよ。」
そう言って、リリーにお願いしていたところに知らない女の人が声をかけてきた。
「あら?!リリーじゃないの。」
そう話しかけたのはリリーと年齢的には同じくらいの目付きが少し鋭くつり上がった少女だった。
少女の側には、真っ黒でキラキラ光った僕よりも大きな蜘蛛が寄り添っていた。
僕はなんだか嫌な予感がしたんだ…。