秘密のアジト
過ごしやすかった春も終わりを迎え、暑い暑い夏が始まろうとしていた。
あれからもう二ヶ月が過ぎ、僕の身体もすっかり元どおりに怪我も完治して最近では、リハビリも兼ねて簡単なお使いができるようになっていた。
今、僕は時計店の近くにあるパン屋さんでお世話になっている。魔女のリリーもお気に入りのパン屋さんで、おじいちゃん、おばあちゃんもこの店のパンが好きだった。もちろん僕も好きだ。
街をうろついていた僕を、無くなってしまった時計店の猫だとすぐに気が付いてくれて、僕をパン屋のお家へ連れて帰ってくれた。パン屋の娘シンディは魔法は使えないが多少魔力があるらしく、僕の言葉を聞くことができたんだ。僕にも彼女の言葉がわかるから普通に会話できるんだ。もちろんリリーの魔法のおかげで、僕に付けられた首輪に仕掛けがあるみたいだ。
パン屋の娘シンディはお父さんと二人暮らしで毎日朝早くから忙しく働いていた。
人気のパン屋でシンディも気立てが良くて美人なせいもあって、パン屋はかなり繁盛しているように見えた。
どうして僕がリリーの家ではなくてパン屋で暮らしているのかというと、リリーがどこで暮らしているのか全く謎で、以前に怪我の介抱をしてもらっていた廃墟のような小屋のようなアジトのような待ち合わせ場所には暮らしてはいなかった。
みんなで暮らさないのは一網打尽に捕まらない為だとリリーからは説明があったけど…
カラスのフゥは、あの廃墟から近い農家の納屋を住処にしていた。白蛇のスゥは女同士だからなのか
リリーと一緒に暮らしているみたいだ。スゥは行くところがないからと話してくれたけど、やっぱり蛇だから怖がられるのかな。僕の想像なんだけどね。
そんなこんなで、僕はもう二ヶ月近くパン屋で暮らしている。それにリハビリがてら毎日、簡単なお使いをするのが最近の日課になっていた。もうかれこれ四日連続のお使いなのだ。
毎朝焼きたてのパンを、リリーに届けるお使いだ。
植物の皮のような繊維を編んで作られたバスケットにパンを入れてもらって、持ち手の部分を首に掛けてもらって出発する。
「はい。ミゥ気を付けてね。リリーさんによろしく伝えてね。お薬ありがとうって。」
シンディは、そう言って僕にパンのバスケットを持たせた。リリーの調合した薬は評判が良くパン屋に来るときには必要な薬を持ってきたりしていたらしい。だが世間は魔術士や魔女には優しくはない。堂々と薬を売っているのではなかったから、リリーの薬は滅多に手に入らない貴重な薬だった。
「行ってきます、シンディ。夕食までには戻ります。」
僕はそう応えて、いつものように店の裏口から出た。さすがに堂々と正面入り口から出るわけにはいかなかった。パンを配達するネコなんて普通はいないからだ。見つかって有名になったりして、リリーのことがバレるかもしれない。パン屋にも迷惑がかかるかもしれない。だから裏口から出るんだ。パン屋からリリーにパンを渡すアジトまでの距離は馬車に乗っても一時間くらいはかかる距離だ。
歩いて行けばもっと時間がかかってみつかる可能性も多くなる。だから僕はいつも馬車に乗って運んでいた。
この街、王都グランフォードと周辺の小さな町や村や集落を、毎日物資を運ぶ馬車がたくさん往き来していた。周辺の村や集落で採れた豊かな農作物や町で作られた衣料品や食料品などが王都へ運び込まれそれらはこの国の衣食住を担っていて豊かな経済力の現れでもあった。
僕は、その毎日往来する馬車をこっそり利用してリリーのもとへパンを届けていたんだ。
いつ、どれくらいの時間にどの馬車に乗ればどの方面へ行けるのか僕は記憶していた。
以前から毎日散歩して屋根の上から街をパトロールしていたからだ。
通りがかった馬車に、そっと音もたてずに乗り込む。ネコならではの得意技だ。目的地までは遠ざかる街並みを眺めたり風景を楽しんだりする。うっかり寝てしまったりしたら、どこへ行くのかわからない。たったの一時間なんだけど
心地よく揺れる馬車と朝ごはんのあとの満腹感が手伝ってやたらと眠い時間帯だ。
ちょっとウトウトしながらも目的地へとたどり着いた。目的地と言ってもまだ到着はしていない。王都からかなり遠ざかりお城がすごく小さく見える森の側。小川にかかる小さな橋の手前で僕は馬車を飛び降りた。
リリーのアジトはこの森の中を少し入った場所にある。僕は草木の間をすり抜けて森を進む。やがて古ぼけた廃墟のような小屋が見えてくる。所々、屋根や外壁は壊れて穴が開いていて人なんか住んでいそうにない。もちろん誰も住んではいないんだけど…
昔この小屋が使われていた頃は、森へ木を切りに来た木こり逹の休憩所として使われていたらしい。
けどいつからか使われなくなり、傷んだまま放置されていたようだ。それは森に魔物が出るようになったからだろう。もうこの辺の森に入る人は少なかった。僕はリリーに教えてもらった道しるべ通り森を進む。魔除けの結界が張ってあるらしく、魔物に見つからないようだ。だから魔物なんか見たこと無かったし怖くもなかったから安全に小屋まで辿り着けたんだ。
正面入り口のドアは閉まっているから側面の壁に穴の開いている所から中へ入る。ネコの僕だから入れる穴だ。僕はいつもここから中へ入っていた。
内部はそんなに広くはなく暖炉とボロボロのテーブルと穴だらけのソファーが置いてあるだけで、少しほこりっぽくてカビ臭かった。あと、奥には物置のような部屋がありドアがある。ドアは玄関と、この物置のドアだけで他には部屋もない。物置の中は使わないし使えない壊れたガラクタやゴミが山積みになっていて屋根に穴が開いているせいか雨水が染み込み床には草も生えている。もう使い道のない部屋だった。
僕が怪我をして寝ていたのは穴だらけのソファーの上だった。
ボロボロに引き裂けていて少しカビ臭いけど、なかなかフカフカで結構寝心地は良かった。
まだ誰も来ていないみたいだ。静かな部屋で一人きりの僕はソファーに寝ころんで丸くなって待つことにした。
「おはよう、ミゥ。」
しばらくたって、そう挨拶をしてくれたのは白蛇のスゥだ。
続いてリリーもニッコリ微笑みながら挨拶してくれた。いかにも普通の朝の挨拶なんだけど二人が出てきたのは、あのガラクタしかない物置部屋のドアからだ。
「おはよう、ミゥ。パンありがとうな。」
リリーもニコニコ挨拶してくれた。
僕も挨拶を返した。
「おはよう、スゥ、リリー。」
「シンディが薬をありがとうって言ってたよ。」
「そうか。またそのうち適当に持って行くと伝えておいてくれ。」
リリーはそう答えた。
僕はリリーと受け答えをしながらもスゥと少しジャレあっていたんだけど気が付いたら部屋中にいい匂いが立ち込めていた。さっきまで何も無かったテーブルには美味しそうな目玉焼きと焼いたベーコンが湯気をたてて置いてあり、リリーがパンを切り分けていた。調理器具なんかないし、料理をしていた雰囲気も無かったのに…
「まただ…」
四日連続で同じことが起こった。
またどんな魔法なのか見逃したのだ。
「ミゥ、お前も食べるか?」
リリーはパンを切り分けながら何事も無かったように、僕に訊ねた。
「いや…僕はもう食べて来たから…」
僕は驚いてはいたけど、食事の邪魔をしないように黙ってまたソファーに戻った。リリーの魔法はすごい。そう思った。
「もうずいぶん良くなったわね。」
白蛇のスゥが美味しそうにベーコンを丸飲みしながら言った。
「うん。おかげさまで。リリーとスゥとフゥには感謝してるよ。ありがとうね。」
そんなことを話しているうちに、バサバサと羽音が聞こえて、カラスのフゥが、やって来た。
「あぁぁ腹へったぁ。めしめしぃ。おぅ!ミゥ、おはようさん!」
屋根の穴が開いている部分から僕と似たように
少々騒がしくフゥは登場してくる。これも毎朝のことだ…。でも僕には最近までは知らなかった賑やかな毎日でとても心地よかった。
フゥとスゥがご飯を食べながら、おしゃべりをしているのをリリーは聞いているのか聞いていないのか食べながら黙って見ている。それを僕が離れて見ている。そんな毎日だ。まだ僕は三人の仲に溶け込めてはいなかった。それでも楽しく思えた。
普段ならもうしばらくスゥやフゥと遊んだら、また街道へ戻って王都へ向かう通りすがりの馬車を待つんだけど、今日は違ったんだ。
「ミゥ、怪我も完治したならそろそろ使い魔の仕事をしてみるか?」
リリーは食器類を片付けながら言った。
「使い魔の仕事?何をするの?」
僕は首を傾げて聞いた。
僕が帰ったあとはみんな何かしら働いている。
そんな気はしていたけど聞いたことはなかった。
「私が使い魔のお前逹に任せる仕事は一つだ。とある魔導書探しだ。」
リリーはそう言った。
「魔導書って魔法の本のような物?」
僕はさらに首を傾げて聞いた。
「まぁ、そうだな。半分正解だ。本には違いないが
ただの本じゃない十三賢者の魔導書だ。」
僕は知らなくて、何なのかさっぱりだけど、リリーの説明では昔に実在した十三人の魔法使いが書き残した魔導書でリリーはそれを集めているらしい。
その魔導書は世界中のどこかに埋もれているか隠されているか、あるいは誰かがすでに所有しているという話だ。だけど確かに13冊存在するらしい。
「魔導書をいきなり探しても見つからないだろう。
魔導書の噂、まつわる話、なんでもいい。人間には警戒して話さなくても、動物のお前逹なら手入れられる情報もあるだろう。」
なるほど。僕は納得した。同時に好奇心からかワクワクしたんだ。ネコ特有の好奇心旺盛さなのか僕の性格なのかわからないけど楽しみで仕方なかった。
リリーは付け加えた。
「とりあえず何かをしろと言うのではない。どこでも人の多い場所に行くだけでいい。魔導書に、関係ありそうな話を聞いたら私に知らせろということだ。簡単だろ?」
聞いたすぐは確かに簡単な仕事だと思ったけどよく考えたら何も手がかりがなく、途方もなく難しく感じた。
「まぁ、気楽に行こうや。焦ってもしょうがない。
ミゥは街育ちだから街に詳しいだろ?とりあえず街の繁華街なんかで情報集めだな。」
そう言ってカラスのフゥはアドバイスをくれた。
リリーは気長に待つかのような期待していない雰囲気だった。そして何かを思い出して僕に言った。
「実はそろそろだと思って用意していたんだ。」
そう言ってリリーは僕の前に何かを置いた。
「これは?僕にくれるの?」
僕が尋ねるとリリーはうなずいた。
「私からプレゼントだ。また怪我をしないようにな。ちょっとした魔法をかけてある。」
リリーが僕にくれたプレゼントは綺麗な金属製の首輪らしき物が三つだった。魔法を施されたこれらのアイテムは魔導器といって魔法が使えない者でも使えるようになる便利な代物だった。一般的に出回ってはいるらしいが、作れる者は少ないらしい。
「ありがとう、リリー。でも大きすぎない?」
僕の首にはどう見てもサイズが大きすぎるように思えた。
「平気さ。」
フゥが笑いながら言った。スゥも微笑んでいる。
リリーは魔導器を手に取り僕の首に通した。するとたちまち僕の首にピッタリサイズに小さくなった。
続けてもう二つを左右の前足に一つずつ通した。
同じように小さくピッタリフィットしてなんだかかっこよくなった気がしてうれしかった。
「よく似合うな。首のは前のと同様に言葉が通じる魔法を施してある。あと簡単な結界もな。」
「結界も?!ありがとう…」
リリーはもう僕が怪我をしないように心配して作ってくれたのだろう。あとの二つも気になる。
「左側のは鍵や扉を開ける魔法がかけてある。魔導書を探すのに役立つはずだ。魔法の鍵で閉じられた物以外なら開くはずだ。」
リリーは簡単に説明するが僕には初めてのことで驚きと感動でそれどころではなかった。普通のネコなら鍵なんか開けられるはずがないし、扉だってなかなか開けられるもんじゃない。それが、簡単にできるようになる。うれしくないはずがなかった。
「うわぁ~。すごいね♪」
僕は早く試したくて仕方なかった。
でもリリーは説明を続ける。
「右側のは使い方を気を付けろ。ネコの得意技ネコパンチを強化する魔法だ。なかなか、強力だぞ。自分で使ってみて力加減を覚えるしかない…とりあえず使いこなしてみろ。」
リリーは説明しながら不敵な笑みを浮かべた。
「よくわかんないけど、がんばるよ。」
少し怖くなったけど嬉しさのほうが勝っていた。
僕はみんなの期待に応えたかった。心配して助けてくれたこと。恩返しをするいい機会だと思った。
それにやっぱり好奇心でワクワクだったから。