第6話 国王は知っている
王宮の執務室は、朝から重苦しい空気に包まれていた。
「……つまりお前は」
国王ガイゼルが書類を置く。
「嫉妬した結果、“未来の妃として考え直す”と言ったのだな?」
「…………はい」
アルヴェインが死んだ声で答えた。
「しかもその後、追いかけもしなかった」
「……はい」
「さらに現在、“嫌われたかもしれない”と勝手に落ち込んでいる」
「……はい……」
国王は深く息を吐いた。
その隣で、側近クラウスが思う。
(よくこんなので王太子やれてるな……)
いや、王太子としては完璧なのだ。
政務、軍略、外交、剣術、魔法。
全て優秀。
問題は恋愛だけ。
本当にそこだけ壊滅している。
「アルヴェイン」
国王が静かに口を開く。
「お前、自分で何を恐れているか分かっているか?」
「……え?」
「リリアーナ嬢に嫌われることだろう」
アルヴェインが黙る。
図星だった。
「お前は昔からそうだ」
国王は椅子へ深く腰掛けた。
「大切なものほど、失うのが怖い」
その声は、妙に実感がこもっていた。
アルヴェインが顔を上げる。
「父上……?」
国王は少しだけ苦い顔で笑った。
「……実はな」
珍しく。
本当に珍しく。
父親らしい声だった。
「若い頃、私もお前と同じことをした」
沈黙。
クラウスが目を見開く。
アルヴェインも固まった。
「え……?」
「母上に、ですか?」
「そうだ」
国王は遠い目をした。
窓の外を見る。
「当時の私は、今よりずっと未熟だった。王太子としての重圧も強かったし、周囲は敵ばかり。誰を信じればいいか分からなかった」
静かな声。
「そんな時、エレノアだけが私へ普通に接した」
アルヴェインは初めて聞く父の昔話に、思わず聞き入る。
「だから惹かれた。……だが同時に、怖かった」
「怖かった?」
「失うのが、だ」
国王は苦笑した。
「他の男と話しているだけで苛立った。誰かに取られるのではないかと思った。今思えば、完全に嫉妬だな」
クラウスが思う。
(遺伝だ……)
「だが私は、それを認められなかった」
国王は続ける。
「王太子が嫉妬などみっともない。弱さを見せるな。そう教え込まれていたからな」
だから。
「突き放した」
アルヴェインの瞳が揺れる。
「……父上も」
「ああ。“君のためだ”などと言って距離を置こうとした」
まんまである。
アルヴェインは頭を抱えたくなった。
「結果、母上は激怒した」
「でしょうね」
クラウスが即答した。
国王が嫌そうな顔をする。
「三ヶ月口を利いてもらえなかった」
「重いですね……」
「死ぬかと思った」
いや実際かなり死んでいたらしい。
当時を知る古参騎士たちは、
“あの頃の陛下は終わっていた”
と今でも語る。
「では、どうやって仲直りされたのです?」
アルヴェインが聞く。
すると国王は、少しだけ笑った。
「謝った」
「…………」
「徹底的にな」
沈黙。
王太子が気まずそうに目を逸らす。
国王は息子を見た。
「アルヴェイン」
低く、真っ直ぐな声。
「恋愛は勝ち負けではない」
その言葉に、部屋の空気が静まる。
「正しさを競っても意味はない。立場も誇りも、時には邪魔になる」
国王は静かに言った。
「大事なのは、“隣にいてほしい”と伝えられるかどうかだ」
アルヴェインが息を呑む。
「お前はずっと、“王太子らしくあれ”を優先している」
「……」
「だが、リリアーナ嬢が見ているのは“王太子”ではなく、“お前自身”だ」
その瞬間。
アルヴェインの胸が、強く痛んだ。
思い出す。
リリアーナの視線。
彼女はいつも、
肩書きではなく自分を見ていた。
体調を崩せば怒り。
無理をすれば気づき。
疲れている時には、何も言わずそばにいた。
なのに自分は。
嫌われるのが怖くて。
傷つくのが怖くて。
先に突き放した。
「……最低だな、私は」
ぽつり、と漏れた声は弱かった。
国王は静かに笑う。
「ようやく自覚したか」
「父上」
「ん?」
「母上には、どう謝ったんです?」
すると。
国王が急に真顔になった。
「土下座した」
クラウスが吹き出した。
アルヴェインが固まる。
「……は?」
「庭園でな。三時間」
「三時間!?」
「王妃様、めちゃくちゃ怒ってたんですね……」
「当然だ」
国王は遠い目をした。
「“貴方は私を守りたいのではなく、自分が傷つきたくないだけです”と言われた」
アルヴェインの心に刺さった。
グサッと。
めちゃくちゃ刺さった。
なぜなら、今の自分も同じだから。
「……父上」
「なんだ」
「胃が痛い」
「恋だな」
即答だった。
一方その頃。
エヴァレスト公爵邸では。
リリアーナが、王妃からの言葉を思い出していた。
『嫌われているのなら、あんな顔はしません』
あんな顔。
あの時のアルヴェインは。
怒っていた。
苦しそうだった。
そして最後。
――泣きそうにも見えた。
「……分かりませんわ」
小さく呟く。
すると。
窓の外で、星が瞬いた。
遠く占星塔では。
セレスが星盤を見ながら叫んでいた。
「動いた!! 未来線ちょっと戻った!!」
数日ぶりに希望が見えた占星術師は、机へ突っ伏しながら泣いていた。
「頼むからそのまま素直になってくれぇぇぇ……!」




