命を預ける理由──漆黒の守護者と双子の誓い
※本作は連載『妖精に愛された亡国の王女、少年として軍に潜む』へと続く外伝短編です。
本編を先にお読みいただくと、よりお楽しみ頂けます。
これは、連載「妖精に愛された亡国の王女、少年として軍に潜む」に登場する双子、リア・カーティアとウィル・カーティアが、レオン・アルグレイ中佐に命を預けるようになるまでの、切なく苦しい物語──
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「あいつら人の心ないんだぜ」
「いつも人のこと馬鹿にしやがって」
いつもの陰口。
いつもの中傷。
――ただの、僻み
士官学校開設以来の天才、そう呼ばれる存在であるリア・カーティアとウィル・カーティアは常に孤独だった。
幼い頃から、二人だけの世界で生きてきた。
親でさえも、異常なものを見るような目を向けてくる冷たい世界で、二人は笑わなくなった。
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「ウィル、いこ。」
「リア、背中、気をつけて。」
士官学校を卒業した二人は、そのまま戦場に送られた。毎日、血に染まる日々。奪わなければ殺される日々の中で。お互いだけが、お互いの支えだった。
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「今日からお前たちの上官になるレオン・アルグレイ。階級は少佐だ。よろしく頼む。」
ある日、司令テントに呼ばれ、ある男の部下になるよう言いつけられた。
そこにいたのは、ここ最近噂をよく聞く【漆黒の守護者】の異名を持つ若き出世頭だった。
「よろしくお願いします。」
「お願いします。」
頭を下げる二人の目には、男のことなど写っていない。ただ、命令に従う上官が変わっただけ。ただそれだけのことだった。
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「先に紹介しておく。副官であるノア・ヴァイス少尉と、カイル・グレイン軍曹だ。
こっちは新しく入った双子の、リア・カーティア少尉とウィル・カーティア少尉。頼りになりそうな奴らだからよろしく頼むぞ。ノア。」
「イエス、サー!…よろしくね。カーティア少尉」
「よろしくお願いします。」
「挨拶はそこら辺で大丈夫か?
私の部隊は少数精鋭だ。
私の命を預けることができないやつを入れるつもりはないからな。忙しいので覚悟しておけ。」
その言葉に、目をパチクリさせる。
この男は、今なんと言ったのか?
"私"の命を…?逆じゃないのか。部下が、上官に命を預けるのが普通だ。上官が、部下の生殺与奪の権を握るのだ。
…私もウィルも預けるつもりなんて更々ないけど。
「明朝、日の出と共に地点Bから奇襲をかけることになった。日の出前に出発し、近くの森に潜む。標的は敵の誘導部隊だ。先発隊が発見したらしい。各自準備を整えるように。解散!」
「イエス、サー」
私たちの役目はただ、目の前に与えられた敵を殺すだけ。何も変わらない、ただの作業だ。
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ザザッ
少佐の合図でウィルと共に木々の間を走り抜ける。風が木の葉を揺らす音に紛れ、敵の背後を取る。
ザクッ
背後から敵の心臓を一突き、振り向きざまに一人。そのまま、ウィルの背後に立っていた敵にナイフを飛ばす。頭にナイフが刺さった敵は、絶命していた。
ウィルの方を見ると、残りの敵を排除し、高官の首にナイフを突きつけていた。
「見事だ。拘束し、テントに戻る。」
「イエス、サー」
捕虜となった敵の目を塞ぎ、拘束する。拘束し終わると、グレイン軍曹が「お疲れ様でした」と捕虜を担いでくれた。
……この人たち、動じていない?…なんで?
今まで接した士官学校の同期も、教官も、戦場を共にした軍人たちも、双子の戦いを見た後は態度を豹変させた。まるで魔獣に触れるような接し方に変わるのだ。恐ろしいものを見る怯えを含んだ目で見てくるのだ。
だが、少佐も、少尉も、軍曹も。この人たちが私たちを見る視線に変化はなく、接し方も普通だった。
ただの部下や同僚に接する態度と変わらなかった。
――この人たちは、変わってる。
撤退する隊員の後ろを着いて行くリアの足取りは、どこかふわふわしていた。
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「カーティア姉弟。ちょっと外に来れるか。」
「イエス、サー」
少佐に呼ばれ、テントの外に出る。
テントの外は深い闇に包まれ、満点の星と明るい満月が夜空を彩っていた。
黙って歩いて行く少佐の後を追う。テントから離れ、見張りの焚き木がチラリと小さく見れるほどの距離になると、少佐の足が止まる。
「まぁ、座れ。」
近くにあった倒木を指さされ、ウィルと並んで座る。
「今日は、ご苦労だった。君たちのお陰で誰も怪我をしなかった。ありがとう」
心臓が変な音を立てた。お礼を言われたことは、初めてだ。
「私たちは、命令に従ったまでです。」
「そうだとしても、君たちのお陰で怪我なく帰還できたんだ。感謝はして当然だろう。」
当たり前だ。という顔をしているこの人は何を言っているんだろう。意味がわからない。
「今日の戦闘を見ていて、少し疑問に思ったことがあってね。いくつか聞いてもいいかい?」
「僕たちで、答えることができるならば。」
理解が追いつかず、答えることができなかったリアに変わり、ウィルが返事をする。
危なかった。ウィルが答えてくれなければ殴られるところだった。
「まずは、カーティアと呼ぶのは長いし、二人とも同じで呼びにくいため、名前でも呼んでも?」
「……はい?」
「嫌だったか?嫌だったらいいんだが。」
「いえ、大丈夫です。お好きにお呼びください。」
「そうか。助かる。ありがとう。」
予期しない一つ目の質問に拍子抜けする。どこまでも読めない上司だ。
「君たちの士官学校での成績を見せてもらった。素晴らしい成績だったが、リアは特に銃撃や体術が得意だろう?そして、ウィルは戦術が得意だ。
今日の戦いや移動の様子を見ていると、ウィルはとてもリアのことを見ているし、フォローするように動いている。
それを、なぜ、戦闘に活かさないんだ?」
「はい…?」
「分かりにくかったか?
ウィルがリアに指示を出す形で戦い、それをウィルが補佐する形を取ったり、ウィルが戦術を考え、リアが銃撃するような形だとより安定すると思ったんだ。
そのように戦ったことは?」
「…今まで勝手な動きをすると叱咤されてきましたので、そのような動きは実践でした事はありません。」
「そうか。今までの上官達は見る目がなかったんだな。勿体無い。せっかくある伸びしろを伸ばさなくてどうするんだ。全く。
今まですまなかったね。」
…もう、理解が不能だ。
段々考えるのがめんどくさくなってきた。
私たちの成績表を読み込んだだけでなく、今日の動きを見て、それを戦術に落とし込む助言まで行う。そして、それを当然と認めているのだ。この上官は。
誰も、そんな人はいなかった。
二人を、それぞれの個を尊重する形で見てくれる人なんて。親でさえ、二人で一つ。何でも卒なくこなす私たちを腫れ物のように扱い、士官学校へと放り込んだというのに。
「明日も戦地に立つことになる。試してみるか?」
「…許可を、いただけるのであれば」
「許可もなにも、私が提案したんだ。試してみてくれたら助かる。
明日の作戦はウィル中心で組んで、リアを活かす形で行ってみよう。
ただし、無理はしないように。命が優先だ。
それじゃ、今日はもう休もう。消灯後に呼びだして悪かったね。他の人に聞かれるのもどうかと思ってね。」
「おやすみ。」そう言い残して、少佐はテントへ帰って行く。
「…ねぇ、ウィル」
「なに?リア」
「少佐って、変な人だね。」
「そうだね。今まで会った事がない人だ。」
「明日、ちょっと楽しみ。ウィルの指示」
「楽しみにしてて。考えとくよ。」
明日の戦いが楽しみだ。ウィルの指示で動けるなんて最高だ。久しぶりに心が躍る。初めての感覚だった。
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「まず、リアの狙撃で敵の見張りを処理します。その後、僕とリアは右から攻め込み、一気に建物付近まで踏み込みます。少佐達は後方支援をお願いします。」
「了解した。気をつけろよ。」
「イエス、サー」
「行くの、リア」
「りょーかい」
足音を立てずに、近づく。そっと岩陰に伏せ、敵の見張りを確認。
「距離、200メートル、人数三人。いける?」
「当然」
パンッパンッ カチャッ パンッ
スナイパーを構えたリアが見張りの頭を撃ち抜く。撃った瞬間、着弾を確認する前に敵営まで走り込む。
できる限り、背は低くして、敵に接近を気付かれないように。
銃声に気がついた敵兵が銃を持ち、テントから飛び出してくる。
「敵しゅッ」
リア達を目視し、叫ぼうとした敵の首をウィルが掻き切る。リアは両手に装備した銃で、次々と敵を撃ち抜いていった。
「左後方、左に10、距離20、数1」
「りょーかいっ」
リアは、左後方を見ることもせず、銃を撃ち抜く。ドサッと倒れる音がするのを耳にした。ウィルが頷いたのだけを確認した。
そのまま、わらわらと湧いてくる敵をウィルと二人で処理し続ける。
「リア、後ろだ」
突然、ウィルじゃない声がした。
パリンッ
何かが、何かに当たり、砕ける音がした。咄嗟に背後を確認すると、そこにはヒビが入った半透明な膜がある。
その奥には、右手をこちらに向けた少佐の姿。
「な…んで…」
少佐は後方支援で、森の中から敵営外に出てきた敵の処理をしているはずなのに。なんでここに?
「油断するな、次、左来るぞ」
少佐が手を振ると、リアの左にいた敵が何かに吹っ飛ばされたのが見えた。それが、少佐による結界魔術の応用による攻撃なのだと遅れて気づく。
ハッと意識を取り戻し、周囲に集中する。敵陣で集中を切らすなんてあり得ない。それは、死に直結する。
「あと少しだ、二人とも踏ん張れ。サポートは私がする。思う存分、やれ。」
「イエス、サー」
そこからは、ただの殲滅戦。
一方的な攻撃で、高官だと思われる人物だけを残し、戦闘不能に追い込んだ。
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夜、消灯時間も近くなった頃合い。
リアは一人で、少佐のテントを訪れた。
「あの…少佐…」
「なんだ?今日はお疲れ様」
「すみませんでした。」
「何がだ?敵営でのことか?集中を切らせたのは頂けなかったな。以後気をつけるように」
「はっ。
──いえ、そうではなく。敵に気づかず、守って頂き申し訳ありませんでした」
「上官が部下を守ることは当然のことだろう?礼などいらないよ。」
―駄目だ。この人に今までの常識は通じない。
乱されてばかりだ。
「今日は、楽しかったです。」
「楽しかった…か?」
怪訝そうに眉を上げた少佐がこちらを見つめる。心底理解できない。そんな顔をして。
「ウィルと、戦えて、良かったです。」
「そうか…リア、少し話そうか。座りなさい。」
指さされたベッドの上に、ストンと腰掛ける。リアのテントにあるものよりも、少しふわふわしていて気持ちがいい。
「リア…戦いは好きかい?」
「好きというか…私には、それしか、ないので。」
「リアの好きなことは?」
「…美味しいもの?」
「そうか。それは良かった。リアには、好きな人がいるかい?恋愛的な意味では無く、大切な人、という意味だ。」
「ウィルです。」
「そうか。ウィルか。仲が良いことはいいことだ。
では、リア。ウィルが殺されたら、悲しいかね?」
「…殺しに行きます。その相手を。」
──ウィルが死ぬ。それは、自分が死ぬよりも嫌だ。
「そうか。では、ウィルが死なないように私は守らなくてはいけないな。
今日、私たちは人を殺した。それは、変えられない事実だし、戦争とは、戦場とはそういうものだ。
だが、その人たちにも、大切な人たちは居たし、その人を大切にしている人も当然いる。
──それは、分かるか?」
それは、考えたことがなかった。
殺せと命じられるから殺す。殺さなければ殺される。そういうものだと、思っていた。
「それは…そう…です…ね。」
絞り出す声が、震える。
膝で握りしめた指が、白くなっていた。
「そうだね。悲しい…ことだ。
戦争は。とても、悲しいものだ。
戦争は、何も生まない。奪うだけだ。
人の命と、心と、幸せを。
奪う方も、奪われる方もどちらも、何かを失う―」
ゆっくり、リアに諭すように発する少佐の言葉は、まるで少佐自身に語りかけているように、リアには思えた。
「私は…これからどうしたら…」
もう、楽しいなんて、思えない。
ただ、殺せば良いだなんて思えなかった。
だって、気づいてしまったから。
この手が、今まで沢山の大切な人を奪ったことに
「私にはね、リア。夢があるんだ。」
「…ゆめ?」
「そう。夢だ。大きくて、一人では叶える事ができない、夢だ。
リアとウィルには、それを助けて欲しいと思っている。
──だから、私は君たちを指名したんだよ。」
「君たちが部下になったのは、偶然じゃない。私が望んだから、君たちは部下になったんだ。」という言葉をどこか他人事のように聞いていた。
だって、今まで望まれたことなんてない。
「それは、私が手伝えることですか…?」
「そうだね。君たちじゃないと、手伝えないかもしれないね。君たちの力が、必要なんだ。」
呆然とするリアの前に、大きな手が差し出された。
「だから、私を手伝ってくれないかい?」
その手は、とても大きかった。
大きくて、力強くて、初めて私とウィルを必要としてくれた。
私たちじゃないといけないと、そう言ってくれた。
見つめた大きな手が、歪んで見え、ポタポタと頬を温かいものが伝った。
「泣かせてしまったね。」
苦笑する少佐が、手を引っ込めようとする。その手を慌てて引っ張った。逃してなるものか。
⸻私は、私たちは、きっと。ずっと。
誰かに必要とされたかったんだ。
私とウィルを、ちゃんと見てくれる人に。
ウィルに教えなくちゃ。やっといたよって。
私たちを見てくれる人が、この世界にいたんだよって。
この人になら、命を預けても良いと思った。
簡単に命が飛ぶ、この世界で。
この血塗られた手を必要としてくれるこの人になら。
「よろしく…お願いします」
ペコリと頭を下げる。
その頭に、大きな手が乗せられた。
「ありがとう。これからよろしくね。リア」
静かな闇に響いた低い声は、きっと一生忘れない。
私の、私だけの、宝物だ。
この物語は、連載作品『妖精に愛された亡国の王女、少年として軍に潜む』へと続きます。
リアとウィルが所属するアルグレイ隊、
そしてレオン・アルグレイという人物が
本編でどのような運命を辿るのか。
よろしければ、
彼らの“その後”の物語もぜひご覧ください。
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