第3話:魔界の混乱
森の奥で生き延びていたラグナードは、魔神王の“死”を告げる魔神たちの会話を聞いてしまう。 恐怖と好奇心に突き動かされ、ついに森の外へ出ることを決意した──。
深淵の森の奥地から魔神城へ向かって歩く。 先ほどの出来事が何度も頭の中で反芻されていた。
なぜ、あの魔神たちは三体で行動していたのか。 四本足の魔神はなぜ喋った? 「魔神王の次は俺」──あれはどういう意味だ?
考えても答えは出ない。 だが、もし魔神王が本当に死んだのだとしたら…… なぜ“次”があの四本脚の魔神なのか。 “消される”という意味なのか。
そもそも、この魔界で行動を共にする魔神や魔物など存在しない。 ラグナード自身、どの生物とも意思を通わせることはできなかった。 言葉を発している魔神を見たのも、あの四本脚が初めてだ。
──そこで、ラグナードはふと気づく。
なぜ自分は言葉を理解できる? なぜ他の魔物にはない“意思”がある?
考えれば考えるほど、自分の存在が分からなくなっていく。
幸い、あの四本脚の魔神と遭遇してから森の入口までは静かだった。 おそらく、この道にいた魔物はすべて食われたのだろう。
森の入口に差し掛かったとき、遠くに魔神城が見えた。 そして──その前で信じられない光景が広がっていた。
横たわる魔神。 大型の魔物、魔獣、見たこともない巨大な生物たちが無作為に攻撃し合っている。 四方八方から魔物や魔神が、魔神城へ吸い寄せられるように集まってくる。
「……これは、いったい……」
ラグナードは一歩も動けなかった。 自分の何倍も大きい魔界の生物たちが、血と砂埃を巻き上げて争っている。 恐怖よりも“なぜ”という疑問が勝り、いつも張っていた警戒心が無意識に薄れていた。
そのとき──
ガサッ……ガササ……
不意に背後で音がした。
「しまっ──!」
反射的に後ろへ跳ぶ。 だが同時に、右腕に激痛が走り、感覚がスッと消えていく。
視線を上げる。
そこには、ラグナードの五倍はある“赤き魔物”が立っていた。
細く縦長の目。 口から垂れ落ちるよだれ。 前かがみの二足歩行。 肘からだらりと垂れた腕は、獲物を引き裂くための爪を備えている。
「……で、でかい……」
ラグナードは半歩、また半歩と後ずさる。 周囲を見渡すが、隠れられる草木はほとんどない。 巨大な大木が点々と並ぶだけの地形。 木に登ることも考えたが、空には大型の魔物が飛んでいる。
──ここは、命を投げ出すような場所じゃなかった。
四本脚の魔神が「次は俺」と言い、森の奥地から荒野へ走っていった理由がようやく理解できた。
その瞬間、背後から轟音が響いた。
ピリピリ……ッ バリバリバリーーーッ!
周囲が一瞬、光に包まれる。 赤き魔物の視線がそちらへ向いた。
ラグナードはその隙を見逃さなかった。
「……逃げられる!」
三歩後ろへステップし、そこから全力で森へ走り出す。
途中、魔神城の方を見ると、地面から煙が上がっていた。 何が起きているのか分からない。 だが、考えている暇はない。 赤き魔物が追ってくる。
速度は互角。 あとはスタミナ勝負。
つかまれば死。 ラグナードはただ前だけを見て走った。
道中、すれ違う魔物たちは傷だらけだった。 手がない者、骨が露出した者、動けなくなった者。 食われた者も多いが、明らかに“攻撃だけされた”痕跡のある者もいた。
しばらく走り続け、ようやく後ろを振り返る。 赤き魔物の姿は消えていた。 おそらく途中ですれ違った魔物に気を取られたのだろう。
「……はぁ……はぁ……」
息が苦しい。 少し休もう。
ラグナードが登った木は、魔神城近くの森とは違い、枝が密集したモコモコした形状だった。 その隙間から魔神城を見下ろす。
空には、光の刃のようなものを放つ巨大な魔物が飛び回り、 地面には焼け焦げた死体が転がり、 新たな魔神が次の争いを始めていた。
「……コロシアム……」
ラグナードは静かに呟いた。
これほど多くの魔神が一箇所に集まることなど、かつてなかった。 魔神王が死んだ──その事実を、今目の前の光景が物語っていた。
そして、右腕の痛みが鋭くなっていく。 血の匂いに引き寄せられる魔物もいるだろう。
「……一度、森の奥に戻ろう」
ラグナードは大木から地面へと降りた。




