第6話 師匠になったはいいけど、まず寝床がない
※本作は異世界×スポ根×師弟ものです。
拳しか信じてこなかった天才女子ボクサーが、異世界で“教える側”になる物語。
軽めのノリで進みます。
弟子を取ることにした。
……いや、正確には。
「教えてください!」
「勝ったら賞金半分ね」
「はい!!」
という、わりと雑な契約だ。
(……勢いで決めたけどさ)
私は、コロンの後ろを歩きながら、街を見回していた。
夕方の王都は、人が多い。
昼間よりも酒の匂いが濃く、露店の呼び声も騒がしい。
——でも。
(……あたし、今日ここに来たばっかなんだよな)
所持金ゼロ。
身分証なし。
宿もない。
異世界転生初日に弟子を取る女。
冷静に考えると、なかなかの無謀さだ。
「……ねえコロン」
「はい、師匠!」
師匠。
その呼び方に、ちょっとだけ違和感。
「……まだ教えるって決めただけだから。気が早い」
「あっ、す、すみません……!」
慌てて謝るところが、ほんとに子犬。
「で、聞きたいんだけどさ」
「はい!」
「今日、どこ泊まる?」
コロンが、ぴたりと止まった。
「……え?」
「いや、あたし」
指で自分を指す。
「寝床、ないんだけど」
一拍。
コロンの顔が、みるみる青くなった。
「そ、そうですよね……!
えっと、えっと……!」
必死に考え込む。
(……あ、これ完全にノープランだった顔だ)
「……コロンは?」
「ぼ、僕は……拳闘士の見習い寮に……」
「じゃあ、そこ行こ」
「えっ!?」
コロンが、勢いよく振り返る。
「で、でも……その……女性は……」
「あー」
来た。
この世界の“線引き”。
「入れない?」
「……たぶん……」
ためらいがちに頷く。
(まぁ、そうだよね)
女が拳闘士になれない世界で、
女が拳闘士寮に泊まれるわけがない。
「……じゃあ野宿?」
「だ、ダメです!!」
即答だった。
「それは絶対ダメです!」
拳闘の時より必死な顔で否定される。
(……あんた、優しすぎ)
「じゃあどうするの」
「え、えっと……」
コロンはしばらく悩んでから、小さな声で言った。
「……知り合いの、宿屋が……その……」
「泊まれる?」
「……一泊分くらいなら……僕の稼ぎで……」
言い終わる前に、私は首を振った。
「ダメ」
「えっ」
「弟子に金出させる師匠とか、ダサすぎでしょ」
コロンが、目を丸くする。
「で、でも……」
「それに」
私は、にっと笑った。
「あたし、トレーナーなんでしょ?」
コロンは、しばらくきょとんとしてから。
「……はい」
「じゃあさ」
私は歩きながら、軽く拳を握る。
「明日から、あんたを“勝てる拳闘士”にする」
その一言で。
コロンの顔が、ぱっと明るくなった。
「ほ、本当ですか!?」
「本気」
それは、リングで誓うのと同じくらいの重さだった。
「ただし条件」
「はい!」
「まずは——」
私は立ち止まり、コロンを見下ろす。
「生活整えよ。
寝不足と空腹じゃ、拳は振れない」
コロンは、何度も頷いた。
「……師匠」
「ん?」
「……ありがとうございます」
小さく、でもはっきり言われたその言葉が、胸に残る。
(……ほんと、弟みたいだな)
その夜。
私は、コロンに案内された安宿の一室で、固いベッドに寝転がっていた。
天井は低く、壁は薄い。
でも、不思議と嫌じゃない。
(……異世界)
(……師匠)
(……トレーナー契約)
考えることは山ほどある。
女は拳闘士になれない。
身分も、金も、コネもない。
それでも。
(……あいつを勝たせたい)
理由は、まだ自分でもはっきりしない。
でも、確かだ。
私はもう——
ただの“異世界迷子”じゃない。
拳で、生きる場所を作る。
そのための第一歩が、始まった。
(つづく)




